名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

カテゴリ: 和歌・短歌・俳句

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                八重葎


八重葎 しげる宿の さびしきに 人こそ見えね 
秋は来にけり   
                恵慶法師 
             
(やえむぐら しげるやどの さびしきに ひとこそみえね
 あきはきにけり)

意味・・幾重にも葎(むぐら)の生い茂る寂しいこの家に、
    人は誰も訪れて来ないが、秋だけはいつもと変わ
    らずにやって来た。

    詞書に「河原院にて、荒れた宿に秋の心を詠む」
    とあります。
    河原院は、源融(とおる)左大臣が建てた雅(みやび)
    やかで豪華な邸宅であったが、融の没後は荒れ果て
    てしまった。
    華やかな過去を思い出しながら、時の推移と共に現
    在の荒廃した姿の哀れさを詠んでいます。

 注・・八重葎=幾重にも茂った葎。「葎」はつる性の雑草
     の総称。「八重葎」は邸宅の荒廃ぶりを描写する
     場合に象徴的に用いられる表現。

作者・・恵慶法師=えぎょうほうし。生没年未詳。10世紀後
    半の人。

出典・・拾遺和歌集・140、百人一首・47。

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むっとして もどれば庭の 柳かな 
                    大島寥太

(むっとして もどればにわの やなぎかな)

意味・・なにか腹の立つことがあり、むっとした気持で
    外から戻ってくると、庭の柳が風のままに揺れ
    ていた。それを見て教わる気がした。

    風に逆らわない柳を見て、人に逆らわず何事も
    「風に柳」と上手に受け流すべきだと反省した
    句です。

作者・・大島寥太=おおしまりょうた。1718~1787。
    芭蕉の功績を広める事業に努めた。

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若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 芦辺をさして
鶴鳴き渡る       
                 山部赤人
 
(わかのうらに しおみちくれば かたをなみ あしべを
 さして たずなきわたる)

意味・・和歌の浦に潮が満ちて来ると干潟が無くなる
    ので、芦の生えている岸の方へ向かって鶴が
    鳴きながら飛んで行くよ。

 注・・若の浦=和歌山市和歌浦の玉津島神社付近。
    潟を無み=干潟が無いので。

作者・・山部赤人=やまべのあかひと。生没年未詳。
    724頃活躍した宮廷歌人。

出典・・万葉集・919。



下下も下下 下下の下国の 涼しさよ
                          一茶

(げげもげげ げげのげこくの すずしさよ)

前書・・奥信濃に湯浴みして。

意味・・今こうして自分は下々の下国にいるが、一人湯浴
    みをしていると、下国ながらも、何の煩わしさも
    なく、涼しく全く気持ちよいものだ。
 
 注・・下下=きわめて程度の低いこと、最下等、下の下。
    下国=つまらない国、故郷をさしていったもの。
     土地が痩せ、耕地も狭く、ろくな産物もでない
     国。

作者・・小林一茶=1763~1827。北信濃(長野県)の農民
    の子。3歳で生母に死別。継母と不和のため15歳
    で江戸に出て奉公生活に辛酸をなめた。
 
出典・・七番日記。

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夏山や 一足づつに 海見ゆる  
                    一茶

(なつやまや ひとあしずつに うみみゆる)

意味・・うっそうと茂る樹木を分けて、汗まみれ
    で山路を登りつめ、ようやく頂上近くに
    なると、視界が開け、一足ごとに明るい
    夏の海が姿を現してくる。その輝くよう
    な青さと広がりに、息を飲む思いである。

    海に近い小高い山に登った時に詠んだ歌
    です。

作者・・一茶=いっさ。小林一茶。1763~1827。
    長野県 柏原の農民の子。3歳で生母と死
    別、継母と不和のため15歳で奉公生活に
    辛酸をなめた。
 
出典・・笠間書院「俳句の解釈と鑑賞辞典」。

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