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                                           大原寂光院

ほとどぎす 治承寿永の おん国母 三十にして 
経よます寺       
                 与謝野晶子

(ほとどぎす ちしょうじゅえいの おんこくも さんじゅう
 にして きょうよますてら)

意味・・ほとどぎすの声が聞こえる。ここは大原寂光院
    の一室。治承寿永の戦乱に、数奇な運命をたど
    られた、安徳天皇の生みの母建礼門院の君が、
    まだ三十の若い御身体で、黒髪を切って出家し
    心静かにお経をお読みになった寺である。

    平家物語の名高い悲劇を踏まえて詠んだ歌です。
    壇ノ浦の戦いで平家滅亡の際、平清盛の娘であ
    り安徳天皇の生母である建礼門院は、安徳帝と
    ともに入水した。帝は幼い生命を果てたが門院
    は救われて京都にもどり出家して大原の寂光院
    に入り過ごした。この時三十歳であった。

    敗者の悲劇とその心情の哀れさに寄せる思いを
    詠んでいます。    

 注・・治承寿永=治承は高倉天皇の代で1177~1181。
     寿永は安徳天皇の代で1182~1185。平家滅
     亡に至る、動乱の数年。
    おん国母(こくも)=天皇の母の尊称。建礼門院
     は安徳天皇の母。平清盛の次女で壇ノ浦の戦
     いに負けて入水するが、救われて京に戻り大
     原寂光院に隠棲した。この時30歳であった。
    経よます寺=京都の大原の寂光院。天台宗の尼
     寺。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。
    鉄幹と結婚。「明星」で活躍。婦人・教育の
    問題に取り組む。歌集「みだれ髪」など。

出典・・歌集「恋衣」。