わが父も 母もなかりし 頃よりぞ 湯殿のやまに
湯はわきたまふ
                      斉藤茂吉 

(わがちちも ははもなかりし ころよりぞ ゆどのの
 やまに ゆはわきたまう)

意味・・父が母が生まれるはるか以前から、湯殿山では
    ご神体の湯が湧いていらっしゃるのだなあ。

    湯殿山神社に参詣して、32年前に父に連れられ
    て来た時の事を述懐して詠んでいます。
    今では、父は5年前、母は15年前に亡くなってい
    るが、湯殿山神社のご神体である温泉が湧き出る
    巌は昔と少しも変わらない。人のはかなさに比べ、
    湯殿神社のご神体・湯が湧き出る巌は父が、母が
    生まれる以前から同じ姿である事に畏敬の念を抱
    かされる。

    湯殿山神社は「語るなかれ」で有名で芭蕉は奥の
    細道で、曾良と次の句を詠んでいます。

    語られぬ湯殿にぬらす涙かな    芭蕉

    (この湯殿山神社の神秘を人に語るのは許されない
    のだが、それだけに一層湯殿山神社から受けた感動
    が内にこもり、秘かに涙で袂をぬらすことである)

    湯殿山銭ふむ道の泪かな      曾良

    (湯殿山に参詣すると、道には賽銭の銭がいっぱい
    散らばっているが、俗世間と違って、それを拾い
    取る人間はいない。銭の上を踏んでお宮に参詣し、
    これも神のご威光であると感涙にむせんだことで
    ある。)

 注・・湯殿やま=山形県荘内地方の1500mの山で、月
     山、羽黒山と合わせて出羽三山と呼ばれてい
     る。湯殿山には湯殿山神社があり社殿を設けず
     熱湯が湧き出る巌を神体とする。「語るなか
     れ」「聞くなかれ」で神秘性を高め多くの参
     詣者を集めている。

作者・・斉藤茂吉=さいとうもきち。1882~1953。山形
     県上山市で生まれる。東大医科卒。伊藤左千
     夫に師事。「アララギ」を創刊。文化勲章を
     受ける。

出典・・歌集「ともしび」。