津の国の 難波の春は 夢なれや 葦の枯葉に
風渡るなり           
                西行

(つのくにの なにわのはるは ゆめなれや あしの
 かれはに かぜわたるなり)

意味・・津の国の難波のあの美しい春景色は
    夢だったのであろうか。今はただ、
    葦の枯葉に風が渡ってゆくばかりで
    ある。

    能因法師の「心あらん人にみせばや
    津の国の難波あたりの春のけしきを」
    を本歌としています。
    (意味は下記参照)   

 注・・津の国の難波=摂津の国の難波の浦。
     今の大阪市。
    夢なれや=夢であったのか。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。
    新古今集には一番入選歌が多い。

出典・・新古今和歌集・625。

本歌です。

心あらむ 人にみせばや 津の国の 難波あたりの
春の景色を              
                 能因法師

(こころあらむ ひとにみせばや つのくにの なにわ
 あたりの はるのけしきを)

意味・・情趣を理解するような人に見せたいものだ。
    この津の国の難波あたりの素晴しい春の景色を。

    心あらん(好きな)人の来訪を間接的に促した歌です。

作者・・能因法師=のういんほうし。988~?。1014年頃
    出家。中古三十六歌仙の一人。

出典・・後拾遺和歌集・43。
 
感想・・津の国の芦の生えた春の美しい景色が、今は枯葉と
    なり寂しい冬の景色になったと、歌っています。
 
    これは私自身にも言えます。
 
    スポーツに趣味に仕事に恋人に、一生懸命になり楽
    しんだ青春時代は今では人生の秋を迎えています。
    年金生活で華やかさはなくなり、体力の衰えを感じ
    ています。
 
    昔の青春時代は夢なれや、という気持ちです。
    だが、これが不幸かと言えばそうではない。
 
    走る体力が無くなっても歩く事が出来る。
    昔と比べれば、走れない事は不幸かも知れないが、
    何年か先に歩けなくなった時点と比較すると、歩け
    る事は幸せである。
 
    過去の良き時代と比較するのではなく、体力の衰え
    た何年か先と今を比較して、今は良き時代と思って
    生きて行きたいと思っている。