眼も鼻も 潰え失せるたる 身の果てに しみつきて鳴くは
なにの虫ぞも
                   明石海人

(めもはなも ついえうせたる みのはてに しみつきて
 なくは なにのむしぞも)

意味・・病状が進行して、鼻もつぶれ、また眼もいよいよ
    見えなくなってしまった。そんな病み衰えた身で
    あるが、その身に染み通るような清らかな声で鳴
    いている虫がいる。心地いいものだ。なんという
    虫なんだろう。

    明石海人が患っているのはハンセン病です。日本
    ではすでに克服された病となりましたが、かって
    は不治の病として大変恐れられていました。感染
    力はとても弱いのですが、伝染病であるため、患
    者は社会から隔離されて一生を医療施設の中で過
    ごさねばなりませんでした。明石海人も、そんな
    孤独な病者の一人でした。

    ハンセン病が進むと抹消神経に麻痺が起こります。
    視力も臭覚も奪われ残ったのは聴覚だけです。

    病状が進み、行動範囲も狭ばめられて行く中、絶
    望感で生きる望みを失うのではなく、ささやかな
    事にでも喜びを見出して詠んだ歌です。

 注・・なにの虫ぞも=何の虫だろう、と問いかけの言葉。

作者・・明石海人=あかしかいと。1901~1939。静岡師
    範学校卒。小学校教師。ハンセン病と診断され長
    島愛生園で療養生活を送る。闘病の歌が「新万葉
    集」に収録される。歌集「白描」。

出典・・歌集「白描」(栗木京子著「短歌を楽しむ」)。
 
感想・・明石海人は小学校の先生をしていて子供も二人おり
    幸せな生活をしていました。
    ところがハンセン病に侵されて一気に絶望の世界に
    落とされました。
 
    この歌を詠んだ時は失明し、気管を患い喉に管を通
    して呼吸する状態でした。それで声も出せない状態
    です。
    このようなどん底の環境、絶望の世界から立ち上が
    り生き甲斐を見出しています。
 
    寝たきりで聴力だけの世界。虫の鳴き声がします。
    清々しく聞こえ、美しい鳴き声の虫と捉えています。
    幸せに見えます。
 
    どこからこのように生きる力が湧き上がっくるのだ
    ろうか。短歌を詠むためには考える、創造する。
    そこに心地良さを感じたのであろうか。