名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2021年01月


親展の状燃え上る火鉢かな
                夏目漱石

(しんてんの じょうもえあがる ひばちかな)

意味・・親展の手紙が届いた。読んでみると、家族の誰
    にも知らせたくない。幸いにこの手紙が来た事
    は誰も知らない。見られたら大変だ。急いで火
    鉢にくべて燃やしてしまった。

    仲の良い夫婦でも、知られたらまずい事がある。
    知られたら一時的にせよ必ず仲が悪くなる。自
    分がまずい事をしたのだから謝れば良いのだが、
    それは出来ない。知らぬが仏だ。隠し通すしか
    ない。

 注・・親展=手紙・封書を受取人が開封する事を求め
     たもの。
    状=手紙、書状。

作者・・夏目漱石=なつめそうせき。1867~1916。
    東大英文科卒。小説家。

出典・・大高翔著「漱石さんの俳句」。

5982 (2)

ふしわびぬ 霜さむき夜の 床はあれて 袖にはげしき
山おろしの風
                                                 後醍醐天皇

(ふしわびぬ しもさむきよの とこはあれて そでに
 はげしき やまおろしのかぜ)

意味・・寝ようとしも寝られない。霜の降りた寒い夜の床は
    荒廃している上、その床の上にかけている衣の袖に
    吹き付ける激しい山おろしの風のなんと冷たいこと
    か。

    足利尊氏の軍に追われ、吉野に逃げて仮住居に一人
    でこもって詠んだ歌です。山から吹き降ろす風の冷
    たさ寒さはすさまじく、眠ろうにも眠れない状態で
    す。その上心を重くしているのが都を追われている
    苦悩です。

 注・・ふし=臥し。体を横たえる、寝る。
    わびぬ=途方にくれて困る。
    あれて=荒れて。建物などが荒廃する。

作者・・後醍醐天皇=ごだいごてんのう。1288~1339。第
    96代天皇。足利尊氏の反逆で吉野に逃げる。南朝
    の天皇。元弘の乱に敗れ隠岐へ配流。

出典・・新葉和歌集。

雪散るや おどけもいへぬ 信濃空
                   一茶

(ゆきちるや おどけもいえぬ しなのそら)

意味・・雪がちらちらと降って来た。江戸あたりだと
    雪を見て冗談の一つも言えるのだが、信濃の
    空ではそれどころではない。やがて大変な雪
    になるのだ。

    雪国の大雪の恐ろしさを捉(とら)えています。

 注・・雪散る=雪が降る事をいう。
    信濃=長野県。

作者・・一茶=小林一茶。17631827。信濃(長野)
    柏原の農民の子。3歳で生母に死別。継母
    と不和のため、15歳で江戸に出る。亡父
    の遺産をめぐる継母と義弟の抗争が長く
    続き51歳の時に解決し、52歳で結婚した。

出典・・おらが春。

1571 (2)


何の木の花とは知らず匂ひかな
                  芭蕉

(なんのきの はなとはしらず においかな)

意味・・何という木だか分からないが、清らかな花の
    匂いがただよって神々しく感じられることだ。

    伊勢神宮に参拝した時の歌で西行の次の歌の
    本歌取りといわれています。
    自然界の働きに畏敬を感じています。

    「何事のおはしますとは知らねどもかたじけ
    なさに涙こぼるる」 (意味は下記参照)

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1694。

出典・・笈の小文。

参考歌です。

何事の おはしますとは 知らねども かたじけなさに
涙こぼるる
                  西行

意味・・どなた様がいらっしるのかよくは分りませんが、
    自分が今日こうして生きていける事が恐れ多く
    て、ただにただに涙が出て止まりません。

    天地自然、万物に神々が宿るという素朴な心を
    詠んでいます。
    日本は温暖な気候に恵まれて自然は豊かです。
    そこに生きる日本人は自然の恵みをいっぱい
    貰って生活をしています。
    時には恐ろしい災害もありますが、その時は
    恐れ慎み、しばらく我慢しておればやがて収
    まります。
    自然は恐ろしい反面、沢山の恵みを与えてく
    れるありがたい存在です。
    自然界の一つ一つの働きに人の及ばない何か
    大きな働きを感じ「ありがたい」「恐れ多い」
    と詠んだ歌です。
    自然界があっての人間です。自然を破壊する
    のでなく、大切にしたいものです。

 注・・かたじけなさ=分に過ぎた恩恵・好意・親切
     を受けたありがたさ。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。

出典・・宇野精一「平成新選百人一首」。

何事の見立てにも似ず三かの月
                  芭蕉

(なにごとの みたてにもにず みかのつき)

意味・・三日月は、古来詩歌文章に、舟・眉・弓・
    鉤(つりばり)・鎌(かま)等さまざまな物に
    たとえられているが、よく見るとその景趣
    は一切の比喩を超越した微妙な美しさを持
    っていることだ。

    同じ月でも三日月は名月や後の月と違い、
    そのものの美しさより、面白い見立てや奇
    抜な作意によって詠まれることが多い。
    芭蕉は三日月にも奥深い美しさがあるのだ
    と詠んだ句です。

    見立ての例です。
   「天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に
    漕ぎ隠る見ゆ」 (万葉集・柿本人麻呂)

    (広々とした天空の海に、白雲の波が立ち、
    月の舟がいましも、きらめく星の林(銀河)
    の中に、静かに漕ぎ隠れて行く)

 注・・見立て=ある物を他の物になぞらえる。

作者・・芭蕉=1644~1695。

出典・・笈日記。

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