名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2019年01月

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白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも
染まずただよふ    
               若山牧水

(しらとりは かなしからずや そらのあお うみの
 あおにも そまずただよう)

意味・・雲ひとつない空の青、深々と澄み渡った海の
    青にも染まらずに漂う。この白鳥の姿は哀し
    いではないか、まことに、えも言われぬ哀歓
    を誘うことだ。孤独な白鳥よ。

    世にまじることのない清純な魂、高い志、青
    春多感な牧水の自らの憧憬を、白鳥に託して
    詠んでいます。

 注・・白鳥=白い鳥。鴎の類の海の白い鳥。
    哀しからずや=「や」は反語を表す係助詞。
     哀しくはないか、いや哀しい。
    ただよふ=波の上に浮かんだり、ゆるやかに
     飛翔するさま。

作者・・若山牧水=1885~1928。早稲田大学英文科
     卒業。自然主義歌人と評されている。

出典・・歌集「海の声」(笠間書院「和歌の解釈と鑑賞
    辞典」)

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                                           大原寂光院

ほとどぎす 治承寿永の おん国母 三十にして 
経よます寺       
                 与謝野晶子

(ほとどぎす ちしょうじゅえいの おんこくも さんじゅう
 にして きょうよますてら)

意味・・ほとどぎすの声が聞こえる。ここは大原寂光院
    の一室。治承寿永の戦乱に、数奇な運命をたど
    られた、安徳天皇の生みの母建礼門院の君が、
    まだ三十の若い御身体で、黒髪を切って出家し
    心静かにお経をお読みになった寺である。

    平家物語の名高い悲劇を踏まえて詠んだ歌です。
    壇ノ浦の戦いで平家滅亡の際、平清盛の娘であ
    り安徳天皇の生母である建礼門院は、安徳帝と
    ともに入水した。帝は幼い生命を果てたが門院
    は救われて京都にもどり出家して大原の寂光院
    に入り過ごした。この時三十歳であった。

    敗者の悲劇とその心情の哀れさに寄せる思いを
    詠んでいます。    

 注・・治承寿永=治承は高倉天皇の代で1177~1181。
     寿永は安徳天皇の代で1182~1185。平家滅
     亡に至る、動乱の数年。
    おん国母(こくも)=天皇の母の尊称。建礼門院
     は安徳天皇の母。平清盛の次女で壇ノ浦の戦
     いに負けて入水するが、救われて京に戻り大
     原寂光院に隠棲した。この時30歳であった。
    経よます寺=京都の大原の寂光院。天台宗の尼
     寺。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。
    鉄幹と結婚。「明星」で活躍。婦人・教育の
    問題に取り組む。歌集「みだれ髪」など。

出典・・歌集「恋衣」。 

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              酒井抱一画・「古池やその後とびこむ蛙なし」が書かれているという   


新池や蛙とびこむ音もなし
                  良寛
                  
(あらいけや かわずとびこむ おともなし)

意味・・芭蕉翁は、「古池や蛙とびこむ水の音」の句を
    詠まれたが、この新しい池には蛙一匹飛び込む
    音もしない。そのように今の世において、芭蕉
    翁に続く人物はいないことだ。

    芭蕉は人生をみつめた句が多い。
    例えば。
    「よくみれば 薺花さく 垣根かな」
    与えられた環境で生き抜く、という句になって
    いる。  (意味は下記参照)

作者・・良寛=1758~1831。

出典・・谷川敏朗著「良寛全句集」。

参考句です。

よくみれば 薺花さく 垣根かな
                             芭蕉

(よくみれば なずなはなさく かきねかな)

意味・・ふだんは気にも止めない垣根の根元に、よく見ると
    薺の花が目立たずひっそりと咲いている。

    程明道の詩句「万物静観皆自得」の気持を詠んで
    いると言われています。

    今ここを生きる薺の花は、咲いている場所や周囲の
    状況について好き嫌いを区別しないで自足自得して
    います。全ての人々があらゆる状況について好き嫌
    いを区別しないで自足自得することができれば、そ
    れは仏に他なりません。だから、今、ここを生きる
    人は憂悲苦悩を嫌いません。憂いに出会えば憂える
    仏、悲しみに出会えば悲しむ仏、苦しみに出会えば
    苦しむ仏、悩みに出会えば悩む仏になって何時も安
    らいだ心境でいられるのです。

    与えられた運命を嘆くのではなく、その運命の立場
    にいて幸せを求めて行こうという考えです。

 注・・自足自得=自分で必要を満たす、自分で満足する


おもふこと かくてや終に やまがらす 我がかしらのみ
しろくなれれば
                   小沢蘆庵
               
(おもうこと かくてやついに やまがらす わがかしら
 のみ しろくなれれば)

意味・・思うことも実現しないまま、こうして終わって
    しまうのか。山烏よ、お前の頭は白くならない
    で、私の頭ばかりが白くなっていく。

 注・・やまがらす=「終にやまむ」を「やまがらす」
     に掛ける。

作者・・小沢蘆庵=おざわろあん。1723~1801。和歌
    の指導のみで生活を送ったので貧しかった。

出典・・歌集「六帖詠藻」(小学館「近世和歌集」)。


光なき 谷には春も よそなれば 咲きてとく散る
物思ひもなし
                清原深養父
          
(ひかりなき たににははるも よそなれば さきて
 とくちる ものおもいもなし)

詞書・・にわかに権勢を失って嘆いている人を見て、時勢
    の恩恵に浴した晴れがましさの覚えもないかわり、
    急に時を得なくなった為のなげきをも知らないで
    いる自分を詠んだ歌。

意味・・日の光が届かない谷間には春も無縁のものだから、
    咲いた花がすぐに散りはしないかという心配さえ
    もないのだ。

    「光なき谷」を不本意な居場所と解釈すると、
    もともと、陽当りのいい場所など望みようもない
    我が身であるから、この人のように一喜一憂とは
    無関係に生きていられる。

    「光なき谷」をあえて求めた居場所と解釈すると、
    自ら選んだ居場所なのだ、時勢に媚(こ)びる必要
    もなければ、時勢に見放される不安もない心安さだ。 

 注・・光=時勢の恩恵のたとえ。
    春もよそなれば=春も無関係であるから。
    とく=疾く。早速、急いで。
    物思ひ=心配ごと。

作者・・清原深養父=きよはらのふかやぶ。930年頃活躍
    した人。清少納言の曾祖父。

出典・・古今和歌集・967。

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