名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年03月

大き波 たふれんとして かたむける 躊躇の間も
ひた寄りによる       
                  木下利玄

(おおきなみ たおれんとして かたむける ためらい
 のまも ひたよりによる)

意味・・大きな波が、まさに倒れようとして傾いている。
    そのためらいにも似たわずかなの時間にも、波
    はひたすらに寄せて来る。

    大波はそのまま停まっているわけではなく、波
    が倒れようとする一瞬、引力よりももっと強い
    沖から寄せる波の力に押されて寄せて来ている
    状態を詠んでいます。
    これは葛飾北斎の冨獄三十六景の波の画と同じ
    ですが、北斎の画には高波に小舟が呑まれそう
    な一瞬、舟客が無事を祈る姿が描かれています。
    利玄の大波はいつ襲ってくるか分からない災難
    を暗示しています。

 注・・躊躇(ためらい)=迷って心が決まらないこと。

作者・・木下利玄=きのしたりげん。1886~1925。
    東大国文学科卒。志賀直哉・武者小路実篤らと
    「白樺」を創刊。

出典・・笠間書院「和歌の解釈と鑑賞辞典」。


感想・・この歌は葛飾北斎の富獄三十六景の大波の画を
    思い出されます。


    旅人の乗った舟が大波に飲み込まれそう。大波
    は高く立ち上がり今にも倒れて舟を沈めるので
    はないか思わせる画です。旅人は無事を祈って
    頭を船底に付けています。
    遠方には富士山が見えるので、江戸から大阪へ
    行く舟旅の途中の出来事かも知れません。

    舟出する時の海は波静かであったと思われます。
    海が時化(しけ)るとは思いも及ばなかったこと
    でしょう。
    
    現実でも、順風満帆であってもいつ時化が来る
    か分らない。
    ある日突然病気に襲われるかも知れない。脳梗
    塞や癌を患うかも知れない。
    難病を患うかも知れないと思っていてもどうす
    る事も出来ないのだが、患った時の覚悟を決め
    いれば失望の度合いも違って来る。
    病気になった時の痛みや苦しみを思うと、人間
    関係のまずさによる辛さも我慢出来るかも知れ
    ない。 
    

いそのかみ 古き都を 来て見れば 昔かざしし 
花咲きにけり
                 詠人知らず
            
(いそのかみ ふるきみやこを きてみれば むかし
 かざしし はなさきにけり)

意味・・石上(いそのかみ)の古い都の跡を来て見ると、
    昔、その都の大宮人達が、髪や冠に挿して飾っ
    た花が、色も変らずに咲いていることだ。

 注・・いそのかみ=石上。奈良県天理市布留町一帯の
     地。「古き」の枕詞。
    古き=「布留」を掛ける。

出典・・新古今和歌集・88。

漢詩、参考です。

平城(なら)を過ぎる   菅三品(かんさんぽん)

緑草(りょくそう)は如今(いま)麋鹿(びろく)の苑(その)
紅花(こうか)は定めて昔の管弦の家

意味・・新緑の青草の丘のほとり、今は鹿の遊ぶ苑と
    なりはてているが、紅の花の咲くあたりは、
    さだめし、あおによし奈良の都のありし日に、
    管弦を奏した家の跡でもあったであろう。

 注・・麋鹿(びろく)=大鹿と小鹿。

感想・・昔、華やかであった都は、今は跡だけになり
    草花だけが昔と同じ様に咲いている。
    「荒城の月」を思いだします。

    荒城の月  土井晩翠作詞 滝廉太郎作曲

    春高楼の 花の宴
    巡る盃 かげさして
    千代の松ヶ枝 わけいでし
    昔の光 いまいずこ

    秋陣営の 霜の色
    鳴きゆく雁の 数見せて
    植うる剣に 照りそいし
    昔の光 いまいずこ

    いま荒城の 夜半の月
    かわらぬ光 たがためぞ
    垣に残るは ただかつら
    松に歌うは ただ嵐

    天上影は かわらねど
    栄枯は移る 世の姿
    写さんとてか 今もなお
    ああ荒城の 夜半の月 

    なお、東京も戦争で焼け野原になっています。
    再びこのような事がないようにお祈りしつつ。

波の上ゆ 見ゆる小島の 雲隠り あな息づかし 
相別れなば
                笠金村
            
(なみのうえゆ みゆるこじまの くもがくり あな
 いきづかし あいわかれなば)

詞書・・733年に遣唐使が発つ時に贈った歌。

意味・・波の上から見える小島が雲に隠れるように、
    船がはるかに見えなくなって、ああ、溜息が
    出ることでしょう。お別れしてしまったなら。

 注・・波の上ゆ=「ゆ」は動作の時間的・空間的起点
     を表す。
    息づかし=息衝(づ)く、溜息が出るようにせつ
     ない。

作者・・笠金村=かさのかなむら。伝未詳。朝廷歌人。

出典・・万葉集・1454。


あな欲しと 思ふすべてを 置きて去る とき近づけり
眠ってよいか
                   竹山広

(あなほしと おもうすべてを おきてさる とき
 ちかずけり ねむってよいか)

意味・・この世で必要とした物事の全てを残して去る
    時が近づいてきた。これまでの生涯を与え支
    えてくれた物達よ、もう眠りについてもよい
    だろうか。

作者・・竹山広=たけやまひろし。1920~2010。海
    星中学卒。歌人。

出典・・歌集「眠ってよいか」(杉山喜代子著「短歌と
    人生」)

ふりさけし 人の心ぞ 知られぬる 今宵三笠の
月をながめて
                 西行 

(ふりさけし ひとのこころぞ しられぬる こよい
 みかさの つきをながめて)

詞書・・春日に参りたるけるに、常よりも月あかくて、
    あはれなりければ。

意味・・春日神社にお参りし、三笠の山に出た月を眺
    めた今宵、初めて分った事だよ。「天の原ふ
    りさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月か
    も」と詠んだ古人の心が。

    古人の心を通じて、望郷の気持ちを詠んでい
    ます。

 注・・春日=大和国(奈良県)の春日神社。
    ふりさけし=遠くふり仰いだ。「ふりさけ見
     し」の意。遠くふり仰いで見た。
    三笠=春日神社の後方にある山。

作者・・西行・・=さいぎょう。1118~1190。

出典・・山家集・407。

参考歌です。

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に
出でし月かも
     阿倍仲麻呂 (古今集・406、百人一首・7)

意味・・大空をふり仰いではるか遠くを眺めると、今
    見ている月は、かって奈良の春日にある三笠
    山に出ていた月と同じ月なのだなあ。

作者・・阿倍仲麻呂=あべのなかまろ。698~770。遣
    唐留学生として渡唐。帰国出来ないまま唐土で
    没。

このページのトップヘ