さくら花 かつ散る今日の 夕ぐれを 幾世の底より
鐘の鳴りくる
                  明石海人

(さくらばな かつちるきょうの ゆうぐれを いくよの
 そこより かねのなりくる)

意味・・さくらの花がはらはらと散り急ぐ春の夕暮れ、時を
    知らせる鐘の音に耳を澄ませば、走馬燈のように、
    美しい思い出が甦(よみがえ)って来る。

    ハンセン病のために、作者の視力は無くなり、五官
    のうち聴力しか残っていない日々死と隣り合わせの
    苦悩の中で詠んだ歌です。花びらのかすかな擦れ
    う音を感じて詠んでいます。
    どうしてこんな明るい歌が詠めるのだろうか。

    病苦の中、歌集「白描」を出版しますが、その前書
    に次の言葉が書かれています。
    「深海に生きる魚族のやうに、自らが燃えなければ
    何処にも(希望の)光はない」

 注・・かつ散る=花が散りその上また散る。
    幾世=多くの年月。
    底=心の底、真底。ここでは思い出の底よりの意。

作者・・明石海人=あかしかいじん。19011939。昭和3年
    ハンセン病と診断され岡山県の長島愛生園で療養生活
    を送る。盲目になり喉に吸気官を付けながらの闘病の
    中、歌集「白描」を出版。

出典・・歌集「白描」。

感想・・難解な歌だと思う。「幾世の底より」の意味の取り方が
    難しい。直訳すると「さくらがひらひら散る夕暮れに、
    昔々の心の底より時を告げる鐘の音が聞こえてくる」。
    これでは、何を言いたいのかが分からないので「思い出を
    伴って」を補充すると意味が通じて来る。
    「さくらがひらひら散る夕暮れに、昔々の頃の思い出が、
    時を告げる鐘とともに湧いて来る」。

    この歌を詠んだ時の作者の健康状態は、ハンセン病が進行
    して目は全く見えず、喉も犯されて吸気管を付けた生活を
    していて、死と隣り合わせの状態です。
    こんな状態の人が、表記のような明るい歌を詠んでいます。
    どこからそんな気持ちになれるのでしょうか。

    作者は盲目になった後に歌集「白描」を出版するのだが、
    その歌集の前書きに「癩は天刑(神がくだす刑罰)である。
    ・・・・・・・・・、癩はまた天啓(神のみちびき)でも
    あった」と言っています。
    私も、病気になったら、この病は天啓だ、病気になった
    おかげでこのような事が出来るようになった、と思える
    ようになりたいものです。