死の側より 照明せばことに かがやきて ひたくれないの
生ならずやも                
                    斉藤史 

(しのがわより てらせばことに かがやきて ひたくれないの
 せいならずやも)

意味・・この現実から離れて、死の側から照明光をあてる様に
    照らし出してみると、現実では悩みが多く暗い私の人
    生も、また格別に輝いて、朱一色の美しさではないか。

    星野富弘さんという方がいますが、この方は口で筆を
    くわえ、上手に絵を描く有名な方です。この方は寝た
    切りの人で手を動かす事も寝返りも出来ません。食事
    も自力では出来ません。何一つするにも人の手助けが
    必要な方です。本人や周辺の人は、せめて、手が自由
    に動かせ、寝返りが出来ればもう何の望みも要らない
    と思っている事でしょう。
    健康状態から見て見ると、寝た切りの人を「下の下」
    とすれば、星野富弘さんは「下の下の下」の状態です。
    この寝返りも出来ない人が、腰の痛みを激しく感じて
    おれば「下の下の下の下」の状態といえます。
    死んだ人から見れば、死人は「下の下の下の下の下」。
    死んだ人から見ると、どんな健康状態の人でも「ひた
    くれない」・・朱一色の美しい状態に見えるという事
    です。寝た切りの人からすれば、自分はどん底だと思
    っていても、それより立場の悪い人から見ると、羨ま
    しい状態に思えるかも知れません。
    「ひたくれない」は、最低限の立場から見た言葉です。

 注・・照明(てら)せば=「ば」は仮定形ではなく、・・する
     との意。死の側にいるつもりで、そこから照らすと。
    ことに=殊に。きわめて、ぬきんでる。
    ひたくれないの=ひたすらにバラ色である。

    星野富弘=1946~。詩人・画家。1970年群馬大学卒業。
     中学の体育教師をしている時に頚椎を損傷して手足
     の自由を失い、自力で寝返りも出来ない状態になる。
     1972年、口に筆をくわえて絵や文字を書き始める。
     1982年、花の詩画展を開催。1991年、富弘美術館開館。
     現在も詩画や随筆の創作を続けている。

作者・・斉藤史=さいとうふみ。1909~2002。福岡県立小倉西高
    校卒。

出典・・歌集「ひたくれない」(馬場あき子著「歌の彩事時記」)

感想・・上を見ても、下を見ても切りがない。努力をしている時は
    上の人を目標にして頑張る。悩み事を持てば、下の人と比較
    して、あの人より良いのだと思えば気が楽になるかもしれない。
    そういう事が出来ればいいなあ。