名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年04月


最上川の 上空にして 残れるは いまだうつくしき
虹の断片
                斉藤茂吉

(もがみがわの じょうくうにして のこれるは いまだ
 うつくしき にじのだんぺん)

意味・・最上川の上空はるか彼方に残っているのは、消え
    そうになりながらもまだ美しい虹の一片だ。

    いやな思いが消えた後に、気持ちがすっきりして
    見た虹の美しさを詠んでいます。

    自分の行った行動によって、あの人は傷ついたの
    ではなかろうかと、良心の呵責でさいなまされて
    いる時、その人は笑顔を見せているので安心した。
    そして自分の気持ちがほぐされていった。
    そうした時、何もかも開放されて見入る川の流れ
    の清々しさ、最上川にかかった虹のなんと美しい
    ことか。虹を心ゆくまで、消えるまで見入ってい
    る。

作者・・斉藤茂吉=さいとうもきち。1882~1953。東大
    医科卒。精神病医。「アララギ」の創刊に参加。

出典・・歌集「虹」(小倉真理子著「斉藤茂吉」)
 
感想・・七色の虹は見て美しい。川のせせらぎを聞くと心
    が慰められる。
    これはどんな状態にいても同じかと言えば違う。
    悩み事があれば美しいはずの虹も何も感じないし、
    清らかな川の流れも目に入らない。
    逆に虹が美しく見え、川の流れが清らかに感じる
    時は悩み事が無い時だと言える。
    いつでも美しく見え、清らかに感じるようになり
    たいものです。
    そのためには感謝・誠意・恕(ゆるす・思いやる事)
    という言葉を忘れないようにしたいと思う。

* しばらくの間、このブログは休止します。


滑川 ふかき心を たづぬれば やがてわが身の
宝なりけり
               熊谷直好

(なめりがわ ふかきこころを たずぬれば やがて
 わがみの たからなりけり)

意味・・滑川が静かに流れているが、この滑川の言い伝えを
    聞いてみると、人の鑑(かがみ)となる教えがあり、
    このことは私の宝に相当するものだ。

    鎌倉を流れている滑川には青砥(あおと)藤綱の逸話
    があります。藤綱は鎌倉の武士で、訴訟などの審理
    に厳正で温かく、権力を笠に着る連中を決して許さ
    なかった人です。ある時、夜中に出仕する途中で誤
    って10文の銭を滑川に落します。藤綱はその時、
    50文の松明を買って来させて、自ら寒い川に降り
    て水底を照らし、銭10文を探し出します。この話
    を聞いた人々は10文のために50文も払うとは、
    と嘲(あざけ)ます。その時、藤綱はこう言ったと伝
    えられています。「たかが10文であっても、川底
    に沈んだままにするのは天下の損失である。しかし、
    50文の支出は、商人の手に渡って天下の役に立つ。
    拾った10文もまた、天下に回ってゆくのだ」と。

 注・・滑川(なめりがわ)=鎌倉の東部を流れる川。
    ふかき心=滑川に伝わる青砥藤綱の逸話。落した1
     0文を50文の松明を買って探したというお話。

作者・・熊谷直好=くまがいなおよし。1782~1862。香川
    影樹に師事。
 
出典・・尾崎小永子著「鎌倉百人一首を歩く」。
 
感想・・熊谷直好は青砥藤綱の逸話を聞いてどんな教訓を
    得たのであろうか。
    青砥藤綱は誰にも出来ない事をしたので後世まで
    名が残った。
    多くの人は藤綱の行動を愚かな者として嘲け笑い
    ます。
    直好は藤綱の愚かさをやり遂げたのが素晴らしい 
    と評価したのだろうか。
 
    愚かさには人間の賢(さか)しらな知識や損得勘定
    が働いていない。損得勘定が出来ないので愚者と
    言われる。
    正常な人が損得勘定を抜きで行動したら徳のある
    人と評価されるだろう。
 
    こんな句があります。
 
    愚を以て身の芯となす露の玉 
             
   (ぐをもって みのしんとなす つゆのたま)

    草花につけた露は滑り落ちて、はかない命で
    ある。不安定な所に身を置く露の私は愚かに
    見えるであろう。がしかし、愚かであっても
    これが私の信念なのです。草花に身を置くか
    らこそ玉の露として美しいのです。

    損得勘定なしで生きる事は美しいものだ。
    


くさまくら まことの華見 してもこよ
                     芭蕉
                     
(くさまくら まことのはなみ してもこよ)

詞書・・路通がみちのくにおもむくに。

意味・・これから奥州への旅に出て旅寝を重ねるとの事だが、
    憂いつらい旅寝をしてこそ本当に花の美しさが分る
    ものだ。旅を遊びと考えないで、真の花の美しさを
    発見して帰っておいで。

 注・・くさまくら=旅の枕詞、旅寝の意味だが、ここでは
     旅寝を重ねる生活、すなわち旅それ自体の意に用
     いている。
    まこと=真実、真理。
    華見(はなみ)=花見、花の美しさを見る。
    路通=1685年に琵琶湖で乞食の生活をしているのを
     芭蕉に見出され、蕉門俳人となった。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1695。「奥の細道」。
 
出典・・茶のさうし(小学館「松尾芭蕉集」)
 
感想・・先日山歩きをしていると見事に美しく咲いた
    桜の枝を見ました。
    この桜は枝の根元で折れて樹皮だけで付いて
    いました。
    枝折れしていても、折れていないのと全く変
    わらずに花を咲かせているのにすごいなあと
    ため息が出ました。
 
    樹皮だけで付いた枝は辛いだろうが、それを
    表情に出さず、花は凛と咲いて、 自分の生を
    全うしている。
    すごい、花って、なんてすごいんだろう。
    花のすばらしさに気付かされました。
    こういう生き方が出来る花。こういう生き方
    が出来きる花は美しい。
     
   「まことの華見」・・本当の花の美しさとは何
    かを見たような気になりました。
     
    人も苦労し、それに耐え抜いて生きている姿
    にこそ美しさがあると思いました。


うかうかと 浮き世を渡る 身にしあれば よしやいふとも
人は浮きよめ            
                    良寛

(うかうかと うきよをわたる みにしあれば よしや
 いうとも ひとはうきよめ)

意味・・大事な事をするわけでなくぼんやりとこの
    世を過ごす同じ身であってみれば、たとえ
    良くないと人が批判する遊女であっても、
    同じ世を過ごす人間なのだよ。

    良寛が遊女とおはじきをしたり、手毬を
    ついて遊んでいるといううわさに、弟が
    それとなく批判したので答えた歌です。

 注・・うかうか=心のおちつかない様子。注意の
     たりない様子。ぼんやり過ごす。
    よしや=ままよ、たとえ。不満足ではあるが
     仕方がないと許容する意味。
    浮きよめ=浮き世女。渡世人。

作者・・良寛=1758~1831。

感想・・「うかうか」について考えました。
 
      「うかうか三十きょろきょろ四十」という言葉
    があります。
    大した事もせずにうかうかしていると、すぐに
    三十代になる。何をやろうかときよろきよろし
    ていると、もう四十代。
    これといった仕事もせずに一生を過ごししてし
    まうという譬えです。
    しっかりした目的をもたず、ぼんやり過ごして
    しまってはいけない、という戒めです。
 
    計画表に予定を書き留めてそれを実行している
    人は多い。そのような人は充実した生活を送っ
    ている人だと言えよう。
    予定にはしっかりとした目的が入っていると、
    「充実している」と実感出来るだろう。
    でも、何年かしてこのような生活を振り返って
    見るとうかうかと過ごして来たと思うかも知れ
    ない。
    毎日の日々には満足してるのに・・。
 
    昔と比べて何らかの進歩があれば、うかうかと
    過ごしたと思わないだろう。
    自分の力を出し切っていれば、うかうかと過ご 
    したと思わないだろう。
    人の役に立つ事をして来たという自覚があれば
    うかうかと過ごして来たと思わないだろう。
 
    私はうかうかして古希が過ぎてしまった。
    これからは人の役に立つというより、人に迷惑
    をかけないために持てる力を出して行きたいと
    思っています。
 


みづがきの ひさしき世より ゆふだすき かけし心は
神ぞ知るらん
                    源実朝
             
(みずがきの ひさしきよより ゆうだすき かけし
 こころは かみぞしるらん)

意味・・久しい昔から努力して来た私の心は、神様が
    必ず御覧になっていることだろう。

 注・・みづがきの=瑞垣の。「ひさ(久)しい」の枕
     詞。「瑞垣(みづがき)」は神社の垣の美称。
    ゆふだすき=木綿で作ったたすきのことだが、
     それを掛けるところから、「かく」の枕詞。
           かけし心=何かを行おうとする心、良い事を
     しようとする心、願い事をする心、信仰す
     る心。

 作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。
    28歳。鶴岡八幡宮で甥の公卿に暗殺される。

出典・・金槐和歌集・649。
 
感想・・実朝は何かを継続して行っているのだが、誰
    もそれを知らない、知ってくれない。誰かが
    見ていてくれれば、その行いにも力が入るの
    だか。誰にも知られないでやるのは、励まし
    もなく、やる気が後退しそうだ。
    いやいや、神様や仏様が自分の行いを見てい
    てくれているのだ。続けて努力をしよう。
 
    「天網恢々疎にして漏らさず」という諺があ
    ります。
    天が張り巡らした網は広大で、その目は粗い
    ようだが、悪事を犯した者を漏らす事なく捕
    らえるということ。その反対に良い行いをし
    た人は誰が見ていなくても、その行いは必ず
    報われるという意味です。
 
    実朝の歌もこの諺のように、人知れずとも努
    力をしていれば必ず報われる、と受け取りま
    した。

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