名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年02月


夕暮れは ものぞかなしき 鐘の音を あすもきくべき
身とし知らねば           
                    和泉式部

(ゆうぐれは ものぞかなしき かねのおと あすも
 きくべき みとしらねば)

意味・・夕暮れはなんと悲しいことだ。入相の鐘を
    明日も聞くことの出来る身だとは分からな
    いので。

    入相の鐘の音を聞いて詠んだ歌です。
    
    病気や事故、会社の倒産などで明日も今日
    と同じような鐘の音が聞けるとは限らない、
    という気持を詠んでいます。
    入相の鐘が明日も同じように聞けるとは限
    らないと思うと、この日この日を大切にし
    て生きて行かねば、という気持です。

    西行も同じような歌を詠んでいます。

   「待たれつる入相の鐘の音すなり明日もや
    あらば聞かんとすらむ」 (山家集)

   (今日聞くのが最後かと待たれた入相の鐘が
    聞こえて来る。もし明日も命があったなら
    再び同じ気持で聞くことであろう)
    
 注・・入相(いりあい)の鐘=夕暮れ時に鳴る鐘の
     音。人生の黄昏(たそがれ)を思わせる寂
     しさが伴います。
 
作者・・和泉式部=いずみしきぶ。生没年未詳。10
    09年中宮彰子に仕えた。
 
出典・・詞花和歌集・357。
 
感想・・義母は46歳の若さで亡くなりました。冬間、
    暖房の効いた所からトイレに行って、脳卒中
    で倒れてたのです。また知人が出張中に旅館
    のサウナに入っていて亡くなった人もいます。
    元気な人が翌日には亡くなっていたという事
    は何度も聞きます。
    でも、それが自分になるという実感は伴いま
    せんでした。
    ところが、古希を過ぎて体力の衰えを実感す
    るようになると、明日は我が身、もありえる
    と思うようになりました。
 
    ではどうするか。お迎えが来るまで、日々を
    大切に生きたい。充実して生きたい。と思う
    ようになりました。
    何かに夢中になる。例えば走ること。走って
    楽しい思いになればそれを続ける。楽しくな
    ければ水泳を始める、これも楽しくなければ
    音楽を奏じる、これがだめなら本を読む、仕
    事に励む・・。何か楽しめる事に夢中になる。
    夢中になれる事は充実した生活を送っている
    といえるのではないだろうか。
 
    私は今、心地よさを感じるので、毎日の山歩
    きを楽しみにしています。


色も香も おなじ昔に さくらめど 年ふる人ぞ 
あらたまりける           
                 紀友則

(いろもかも おなじむかしに さくらめど としふる
 ひとぞ あらたまりける)

意味・・色も香りも昔と同じように咲いているのだろうが、
    年を経てここにやって来た我々の方は、姿がこの
    ように変っている。

    桜の下で年を取ったことを嘆いて詠んだ歌です。

    中国の詩句 「年々歳々花は相似たり、歳々年々
    人は同じからず」と似ています。

 注・・らめ=直接に経験していない現在の事実について
       推量すること。作者は必ずしも毎年見に来
       ているものではない。
    年ふる=年を経る。
    あらたまり=姿が変ること。ここでは老人らしく
     なること。

作者・・紀友則=生没年未詳。904年大内記になる。古今
    集の撰者の一人。紀貫之は従兄弟。

出典・・古今和歌集・57。
 
感想・・この歌には、老いると共に体力が衰え、また惰性
    で生きて来たという思いがあります。
    誰でもこのように思っているのではなかろうか。
 
    一茶は「月花や四十九年のむだ歩き」と詠んでい
    ます。
    月だ花だのと、何の足しにもならない俳諧などを
    弄(もてあそ)んで、四十九年の人生をうかうかと
    過ごしてしまった、という意味です。
 
    紀友則や一茶の歌や句を見て、人生を惰性で生き
    いる、うかうかと過ごしている、という自覚が大
    切だなあと思いました。
 
    うかうかと過ごしていると自覚すればそれなりの
    対処をする。
    一茶の場合、惰性で詠む俳句から納得のゆく俳句
    を心掛けたかも知れません。
 
    うかうかと過ごさないと自覚するとどうなるか。
    体力の衰えを感じたら運動に心掛けたり、不摂生
    をしないように心掛ける。
    今よりもっと面白く過ごしたいと思うなら、本を
    読み始めるのもその一つ。地域の趣味の会に入る
    のもその一つ。
 
    うかうかと過ごしていると自覚して、積極的に生
    きよう、充実した生活をしようと、考えが行けば
    素晴らしいことです。



津の国の 難波の春は 夢なれや 葦の枯葉に
風渡るなり           
                西行

(つのくにの なにわのはるは ゆめなれや あしの
 かれはに かぜわたるなり)

意味・・津の国の難波のあの美しい春景色は
    夢だったのであろうか。今はただ、
    葦の枯葉に風が渡ってゆくばかりで
    ある。

    能因法師の「心あらん人にみせばや
    津の国の難波あたりの春のけしきを」
    を本歌としています。
    (意味は下記参照)   

 注・・津の国の難波=摂津の国の難波の浦。
     今の大阪市。
    夢なれや=夢であったのか。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。
    新古今集には一番入選歌が多い。

出典・・新古今和歌集・625。

本歌です。

心あらむ 人にみせばや 津の国の 難波あたりの
春の景色を              
                 能因法師

(こころあらむ ひとにみせばや つのくにの なにわ
 あたりの はるのけしきを)

意味・・情趣を理解するような人に見せたいものだ。
    この津の国の難波あたりの素晴しい春の景色を。

    心あらん(好きな)人の来訪を間接的に促した歌です。

作者・・能因法師=のういんほうし。988~?。1014年頃
    出家。中古三十六歌仙の一人。

出典・・後拾遺和歌集・43。
 
感想・・津の国の芦の生えた春の美しい景色が、今は枯葉と
    なり寂しい冬の景色になったと、歌っています。
 
    これは私自身にも言えます。
 
    スポーツに趣味に仕事に恋人に、一生懸命になり楽
    しんだ青春時代は今では人生の秋を迎えています。
    年金生活で華やかさはなくなり、体力の衰えを感じ
    ています。
 
    昔の青春時代は夢なれや、という気持ちです。
    だが、これが不幸かと言えばそうではない。
 
    走る体力が無くなっても歩く事が出来る。
    昔と比べれば、走れない事は不幸かも知れないが、
    何年か先に歩けなくなった時点と比較すると、歩け
    る事は幸せである。
 
    過去の良き時代と比較するのではなく、体力の衰え
    た何年か先と今を比較して、今は良き時代と思って
    生きて行きたいと思っている。


初雁の なきこそ渡れ 世の中の 人の心の 
あきし憂ければ   
                紀貫之
   
(はつかりの なきこそわたれ よのなかの ひとの
   こころの あきしうければ)

意味・・初雁が鳴いて空を飛ぶのは秋が悲しいからなの
    だが、私が泣き暮らすのは世の人の心に飽きら
    れたことを悲しむからなのだ。
 
       失恋の歌です。
    
注・・初雁=「なき」の枕詞。
   なきこそ渡れ=空を鳴いて渡る事と、歌の作者
    が泣き暮らす事を掛けている。
   あき=「秋」と「飽き」とを掛ける。
   憂し=悲しい。

作者・・紀貫之=きのつらゆき。866~945。古今和歌
    集の撰集に主導的役割を果たす。
 
出典・・古今和歌集・804。
 
感想・・ここでは、「飽きられる」ことは失恋を指して
    いるのだか、その他に人に飽きられる、嫌われ
    る事について、漱石は次のようにいっています。

   「知に働けば角が立つ、情に棹させば流される意
    地を通せば窮屈だ、とかくこの世はすみにくい」

   (理性のみで事にあたると、他人との間に角が立
    って気まずくなり、かといって、感情に走って
    行動すると、とんでもないことになってしまう。
    だからといって、自分の意地を押し通すと窮屈
    な思いがする。人間社会は住みずらいものだ)

    人間関係を良好に保つには誠意が基本という事
    だろうか。
    


たのしみは 常に見なれぬ 鳥の来て 軒遠からぬ 
樹に鳴きし時      
                  橘曙覧 

(たのしみは つねにみなれぬ とりのきて のき
 とおからぬ きになきしとき)

意味・・私の楽しみはあまり見たことのない珍しい小鳥が
    やって来て、家の軒先近くの樹に止まってさえず
    るのを耳にした時です。

    時たま変わった鳥のさえずりもいいものです。
 
作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。
 
出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。
 
感想・・珍しい鳥のさえずりだけでなく、珍しい人とのお
    しゃべりもいいものです。
 
    次の歌は、橘曙覧の独楽吟をまねて「楽しみは・・
    する時」の歌を詠んでメールマガジンで配送してい
    る破茶さんという方の歌です。
 
    「たのしみは 遠来の客 もてなして 次なる再会
     約束する時」
 
    長年逢わない人が、近くに来たのでといって訪ねて
    来た。一杯飲みながら懐かしい昔話に花が咲く事に
    なる。このような事は嬉しいことであり、またの再
    会の約束も楽しいことだ。
    人との心のこもったお付き合いをしていたおかげで
    す。
 
    常に見慣れぬ鳥が来るのも、長年会わない友が来る
    のも楽しいものです。    

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