名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年01月


ありがたし 今日の一日も わが命 めぐみたまへり
天と地と人と
                 佐々木信綱

(ありがたし きょうのひとひも わがいのち めぐみ
たまえり あめとつちとひとと)

意味・・じつに有難い事である。今日の一日も自分の生命
    が無事に過ごす事の出来たのは、天と地と人との
    恩恵によるものである。

    雨が降り水の恵みが与えられ、日が照り光の恵み
    を与えてくれる天の恵み。米や野菜の農作物の恵
    みを与えてくれる地の恵み。食べる物や着る物も
    全部人に頼っている人の恵み。

    生きていく事は自分一人の力によるものでないと
    へりくだって、感謝の気持ちを詠んでいます。

作者・・佐々木信綱=ささきのぶつな。1872~1963。東
    大古典科卒。国文学者・歌人。

出典・・佐々木信綱歌集。
 
感想・・天と地と人の恵みの解説文を読めば、当たり前の
    事であり小学生でも理解出来るものです。
    人が生きて行けるのは、天と地と人の恵みによる
    ものだと言っている。
    何故解りきった事を言うのだろうか。
 
    病人に対して「あなたは健康になりたいですか」
    と質問するのに似ています。誰でもハイと答える。
 
    健康になりたいという欲望はあまりにも当然であ
    るように見えますが、それでは本当に健康になる
    という意欲と意志がありますか、と改めて尋ねら
    れると、直ぐにハイと答えられる人は少ないと思
    います。
 
    健康になりたい人が不摂生な生活を続け、金持ち
    になりたいはずの人が浪費をし、学問や技能を身
    につけたい人が怠けている。
 
    「なんじは健康になりたいのか」「なんじは成功
    したいのか」と改めて自分自身に尋ねてみる、誰
    でもそうなりたいと答える。
    ではその意欲と意志があるのかと尋ねる。これが
    解決の第一歩を踏み出す事になります。
 
    信綱の歌は亡くなる少し前に詠んでいます。子や
    孫に残した辞世の歌です。
    日常生活においても、理想の追求においても、自
    分の意志、意欲を確立することの大切さを訴えて
    いるように感じます。


あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや 
あかあかや月        
                    明恵上人

(明々や 明々明や 飽々や 明々開かや 空々や月)

意味・・明るいなあ。ほんとうに明るく明るいよ。飽か
    ないなあ。いやが上にも明るく広くいっぱいに
    満ちている月だ。

    「あか」を12個重ねて読んだ歌だか、
    この歌は「陀羅尼(だらに)」と言われ、
    真言密教の経文(きょうもん)を翻訳せず
    に読みあげたものとされています。

作者・・明恵上人=みょうえしょうにん。1173~1232。
    華厳密教の始祖。

出典・・明恵上人歌集(岩波書店「中世和歌集「鎌倉篇」)
 
感想・・「明るい」を「嬉しい」と読み替えると、
    嬉しいなあ、嬉しくてたまらないよ、いつまでも
    嬉しいなあ。いやが上にも嬉しいなあ。嬉しさい
    っぱいのこの成就は。となります。
 
    この状況は、耳が全く聞こえないベートーベンの
    状況を想い出しました。
    ベートーベンが第九交響曲を作曲してその演奏を
    し終えた時、司会者はベートーベンを万雷の拍手
    の方に身体の向きを変えたという。
    苦難を乗り越えた時の喜び。この第九交響曲は喜
    びの歌とも言われています。
    あかあかやの歌も、苦難を乗り越えた時の喜びを
    感じさせられます。
      


面白き こともなき世を 面白く      高杉晋作
すみなすものは 心なりけり        野村望東尼

(おもしろき こともなきよを おもしろく すみなす
 ものは こころなりけり)

意味・・面白いことの少ない世の中だか、心の持ち方
    次第で、世の中は面白くにもなればつまらなく
    にもなるものだ。

    自分を取り巻く面白くない壁や厚い雲を突き破る、
    その勇気や励ましを得るのは「面白くしよう」
    という心の持ち方が大切だということです。

    この歌は高杉晋作の辞世(じせい・死ぬまぎわ)
    の歌です。上の句を詠んで力がつきたので、下の
    句を野村望東尼が詠んだものです。

 注・・すみなす=住みつく。
 
作者・・高杉晋作=たかすぎしんさく。1839~1867。
    長州藩士。
    野村望東尼=のむらもとに。1806~ 1867。幕末
    勤王の志士と交流。
 
感想・・どんな状態になれば世の中は面白いであろうか。
    例えばスポーツで、水泳や陸上、ゴルフなどで
    優勝したら面白いと思う。世の中は面白くなる。
    何かで一番になる。このことなら誰にも負けな
    いという物があれば自信が湧いて来る。面白く
    過ごせる。
    ギネスのように対象物は何でもよい。好きな物、
    得意なものを伸ばしてこれなら誰に負けないと
    いう域に達する。
    勉学にスポーツに趣味に何でも良い。
 
    桃栗三年柿八年梨の馬鹿は十八年といわれる。
    花を咲かせて実が成る歳月です。
    梨は十八年もかかるという事です。逆に馬鹿
    でも十八年一生懸命努力すれと花を咲かせら
    れるものです。
    私は将棋が好きです。地域で一番になりたい。
    その努力が楽しくまた面白いものです。
    


月をこそ ながめなれしか 星の夜の 深きあはれを
こよひ知りぬる
                建礼門院右京大夫

(つきをこそ ながめなれしか ほしのよの ふかき
 あわれを こよいしりぬ)

意味・・いつも月ばかり眺め慣れていたのだが、星の
    夜の深い情趣を、今宵はじめて知ったことで
    ある。
   
    平清盛の娘建礼門院に仕えた作者は、平資盛
    (すけもり)と恋愛関係にあり、1185年に資盛
    は源平の戦いで戦死にあう。その翌年に詠ん
    だ歌です。
    夜空を見上げると、薄青色に晴れて大きな星
    がきらきらと一面に輝いていた。まるで薄い
    藍色の紙に箔を散らしたように見え、こん
    星空は初めて見たように思った、という詞書
    があります。
    月に比べれば、星の輝きは物の数ではない。
    満ち足りた月の美しさのような生活から転落
    した作者が、天空に広がって光り輝く星の美
    しさの世界を発見した歌です。

作者・・建礼門院右京大夫=けんれいもんいんのうきょ
    うのだいぶ。生没年未詳。1157年頃の生まれ。
    平清盛の娘の建礼門院の女房。

出典・・玉葉和歌集・2159。 
 
感想・・平家の時代の栄華な生活は出来なくり、寂しい
    が貧しいながらそれなりの良さを見つけている
    今。それは美しい月夜ばかりでなく、星空も美
    しいものだと分かったような今であるが、やは
    り恋人と共に見た月夜が懐かしい・・。
 
    月を見て亡くなった人を思い孤独感を詠んだ漢
    詩、参考です。
 
    江楼にて感を書す 
 
    独り江楼に上れば 思渺然(おもいびようぜん)
    月光水のごとく 水 天に連なる
    同(とも)に来って月を翫(もてあそ)びし人は何
    処(いずこ)ぞ
    風景依稀(いき)として去年に似たり
 
    ただ一人、江辺の楼に登れば、思いは果てもな
    く広がる。
    月光は水のように澄みわたり、水は天に連なっ
    て流れている。
    ともに来て月を見て楽しんだ人は、今はどこに
    行ったのか。
    風景だけはそっくり去年のままに見えるのに。
 
 注・・江楼=川辺りの高殿。
    渺然(びようぜん)=遥かなさま、はてしない事。
    依稀(いき)=彷彿たること、よく似ているさま。
 
 
 


何か思ふ 何をか嘆く 世の中は ただ朝顔の
花の上の露
                詠み人知らず

(なにかおもう なにをかなげく よのなかは ただ
 あさがおの はなのうえのつゆ)

意味・・何を思い煩(わずら)うのか。何を嘆くのか。
    この世の中はただ朝顔の上に置いた露のよう
    にはかないものなのに。
 
 注・・何か思ふ何をか嘆く=「か」は疑問の助詞だ
     が、そうすることことはないではないかと
     いう心でいう。
 
出典・・新古今和歌集・1917。

    参考歌です。

消えぬまの 身をも知る知る あさがほの 露とあらそふ
世を嘆くかな           
                    紫式部

(きえぬまの みをもしるしる あさがおの つゆと
 あらそう よをなげくかな)

意味・・朝顔はまたたくまにしぼんでしまう。それは知って
    います。それを知りながら、露と長生きを争ってい
    るようなもので、世の中のはかなさを思わずにいら
    れない私なのです。

    顔の美しさを誇りにしていた友人が、疱瘡にかかり
    顔にみにくい痘痕(あばた)が残り、生きる気力を無
    くしたので励ますために贈った歌です。

    人間は、しょせん短い命なので、争わず(恥を気にせ
    ずに)自分なりに力一杯生き抜いて欲しいという気持
    の歌です。
 
出典・・紫式部集。
 
感想・・新古今の歌は、清水寺の清水観音に、悩みで身が衰
    弱し治療の効果も表れない事を訴えた女性に元気を
    出すために示された歌です。
    辛いだろうが、嘆きたいだろうが、嘆いている間に
    人生は花の露のように、あっという間に終わってし
    まうものだ。思い煩い、嘆くことはないではないか、
    といっている。
 
    あっという間に終わる人生だから悩むなといっても
    人生が短いと感じるのは、年老いてからである。
    悩んでいる人には薬にはならない。
    悩み抜いている時は「露の世」なんてそんな事は思
    わない。悩みから早く立ち去りたいの一心です。
 
    現実は時が解決してくれる。
    早く悩みを解決させるには、自分の苦悩よりひどい
    人と比較してあの人よりは良い、と慰めることだ。
    例えば、疱瘡で痘痕が残っても、頭痛のあの痛さが
    残らなかっただけでも良かった。
    目が見えなくならなくて良かったと。
    または、仏様の気持ちになり、自分の苦しみを他の
    人に味わさないようにしていこうと考えられたら、
    苦痛も和らぐかも知れない。
 
    (私の経験では、5年前に帯状疱疹が顔に出来、痘痕
    が一か月ほど残った、片目も2週間くらい見えなかっ
    た、頭痛は4年間も続いた)

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