名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2015年12月


何事もなきを宝に年の暮れ
                 作者不明


(なにごとも なきをたからに としのくれ)

意味・・年の暮れに何事もなく過ごせるという事は宝物
    を得たように大変ありがたい事だ。

    昔はお中元や暮れには商店が勘定書きを持って
    来るので、特に大晦日は支払いに大変でした。
    支払いや何かを沢山しなくてはならないのに、
    支払うお金がなくて逃げ回ったりする人もいた。
    そういう年の暮れを何事もなく、無事に過ごせ
    てお正月を迎える事が出来るのはありがたい事
    だ。

出典・・鎌田茂雄著「菜根譚」。

感想・・何かいい事がないかなあ、胸がときめく事がな
    いかなあと期待しつつ、今日も普通の日と変わ
    らず過ぎた。今年を振り返って見ると、やはり
    平々凡々な同じ日の繰り返しで暮れを迎えた。

    考えて見ると、平々凡々でも生活の出来た事は、
    大きな病気や怪我もなく、水害や地震などの天
    災にも遭遇しなかったためである。もしリスト
    ラにでも会っていたならば、このような生活は
    したくとも出来ないのである。何事もなかった
    という事は宝物のように有難い事だと言えます。


死はそこに 抗ひがたく 立つゆえに 生きている一日
一日はいづみ
                  上田三四二

(しはそこに あらがいがたく たつゆえに いきて
 いるひとひ ひとひはいずみ)

意味・・病状を癌と知った時、死はすぐ目の前に避け
    がたく立ちふさがり、病気の厳しさを否応な
    く見据えねばならない。不安にうちひしがれ
    てしまいそうな日々。でも、だからこそ、生
    きている一日一日が宝物なのだ。

    43歳の時、病気が結腸癌だと分った時に詠ん
    だ歌です。死ぬまで残り少ない日々。この残
    された時間の一刻一刻は、「刻(とき)はいま
    黄金(きん)の重み」と意識し、こんこんと湧
    き出て来る生命の泉、として詠んでいます。

 注・・いづみ=泉。地中から湧き出る水。みなもと。
     黄金のように価値がある一刻一刻、それが
     湧き出る命の泉として捉えている。

作者・・上田三四二=うえだみよじ。1923~1989。
    京大医学部卒。医学博士。

出典・・歌集「湧井」(栗木京子著「短歌を楽しむ」)
 
感想・・癌は早期発見出来れば、手術を施してかなりの
    確率で治るようになった。でも発見が遅れると
    治らない。癌と診断されたら不安にひしがれて
    しまうものです。

    上田三四二は癌と宣告されて逆に残された命は
    宝物だと捉えて、やり残した事、しなければな
    い仕事を見つめ、それに熱中して充実した日々
    を送るようになった。
    結果的に不動明王が燃えているように、みなぎ
    る力が湧き出して病気も癌も焼き尽くしてしま
    った。

    自分のしなければいけない仕事、自分がやりた
    い仕事は何だろうか。
    例えば三浦雄一郎は80歳でエベレストを登頂し
    た。このように何か生き甲斐をもってする事は
    全力を注げることであり、みなぎる力が湧き出
    る薬だと思った。
    


しかりとて 背かれなくに 事しあれば まづ嘆かれぬ
あな憂の世の中
                   小野篁

(しかりとて そむかれなくに ことしあれば まず
 なげかれぬ あなうよのなか)

意味・・いやな世の中だと言ったって、すぐさま逃げ
    出すわけにはいかないさ。何か事が起きれば
    最初に出るのはいつも嘆息。ああ、いやだ、
    この世の中は。

    「あな憂の世の中」について。

    あらゆる苦しみ、困難に直面して解決に苦労
    する事を四苦八苦という。
    これを「あな憂の世の中」、なんと辛い世の
    中だろうと詠んでいます。

    四苦八苦は、生苦・老苦・病苦・死苦の事で
    あり、八苦は四苦に愛別離苦・怨憎会苦(おん
    ぞうえく)・求不得苦などを加えたものです。
    老・病・死は肉体的苦痛を伴う事が多いが、
    老・病・死を縁とする精神的苦悩が強く感ぜ
    られる事も多い。老・病・死による自分や家
    族の生活不安とか、地位・名誉・権力などの
    喪失を恐れるなどのために苦悩が生じる。
    愛する人々と生別・死別する事の苦痛。嫌い
    で憎い人々と出会い、共に暮らす事は苦悩の
    種となる。求不得苦、思い通りにならない事
    から生ずる苦である。得られない苦。欲求が
    充たされない事から起こる苦悩。
    この様な諸々の苦悩が、「事しあれば」ああ、
    いやだ、この世の中はとため息が出る。

 注・・しかりとて=そうであるからといって。
    背かれなくに=世を背いて出家・遁世出来る
     ものではない。
    事しあれば=何か一大事があればいつでも。
     「し」は強調の助詞。
    あな憂の世の中=この世の中、ああ辛いことよ。
     「あな」は感動詞。

作者・・小野篁=おののたかむら。802~853。従三位・
     左大弁。遣唐使に任ぜられたが拒否した為
     隠岐に流罪になる。漢詩人として有名。
 
出典・・古今集・936。
 
感想・・宝塚歌劇団の教訓として、一枚の紙に書かれた
    ブスの条件25か条が、誰でも見れる所に貼られ
    いるそうです。
 
    次のブス条件の25か条に当てはまる数が多い程、
    「あな憂の世の中」なんと辛い世の中なんだろう
    となります。
 
 1、笑顔がない
 2、お礼を言わない
 3、美味しいと言わない
 4、精気がない
 5、自信がない
 6、愚痴をこぼす
 7、希望や信念がない
 8、いつも周囲が悪いと思っている
 9、自分がブスであることを知らない
10、声が小さくイジケテいる
11、なんでもない事に傷つく
12、他人に嫉妬する
13、目が輝いていない
14、いつも口がへの字の形をしている
15、責任転嫁が上手い
16、他人を羨(うらや)む
17、悲観的に物事を考える
18、問題意識を持っていない
19、他人に尽くさない
20、他人を信じない
21、人生においても仕事においても意欲がない
22、謙虚さがなく傲慢である
23、他人のアドバイスや忠告を受け入れない
24、自分が最も正しいと信じ込んでいる
25、存在自体が周囲を暗くする

 


何をして 身のいたづらに 老いぬらん 年の思はむ
ことぞやさしき            
                   詠人知らず
                  
(なにをして みのいたずらに おいぬらん としの
 おもわん ことぞやさしき)

意味・・私はいったい何をして、このようにむなしく年
    老いてしまったのだろうか。一緒に過ごして来
    た年が、私のことを何と思っているであろうか
    と、年に対して恥ずかしいことである。
 
    とりたてて言えるような事は何もなく、むなし
    く年老いたと、過去を顧みた歌です。

 注・・いたづらに=無用の状態に、むだに。むなしく。
    やさしき=恥ずかしい。

出典・・古今和歌集・1063。 
 
感想・・年を取り年功を積めばそれなりの、人格のある
    人になりたいと詠んでいます。
 
    昔、30歳代の若い時でしたが交通事故を起こ
    しました。一旦停止をせず左右の確認をしなく
    て進んだために、相手の車の横腹にぶつかった
    事故でした。
    私は謝り全面的に悪いので車の修理代は全額支
    払うと約束して別れました。
    その後保険の請求に行ったところ、片方が全面
    的に悪いということはあり得ない、相手も不注
    意があったはずだ、7対3になるように再交渉を
    して来て欲しいと言われました。
    重い気持ちで相手の家に行きました。相手も私
    と同じくらいの年頃です。
    相手は自分は一つも落ち度はないので修理代は
    全部払って欲しいと言い張ります。私も自分が
    全面的に悪いと思っているので、相手の落ち度
    を指摘出来ません。ただ保険屋が再交渉して少
    しでも譲歩してくれと言われたと言うのみです。
    隣の部屋で埒のあかないのを聞いていた相手の
    父親が出て来て、息子に向かって言いました。
    「お前の言い分は分かる。間違っていない。で
    も相手も困っているので一歩譲ってやれないか。
    怪我をしなかったのが幸いだと思えば譲れるだ
    ろう」と仲介に入ってくれました。
    その結果7対3の過失という事で解決しました。
 
    相手の父親に感謝しました。そして自分の損得
    の勘定より相手への思いやりを大切にする事の
    重要さを教えられました。


いそのかみ 古き都を 来て見れば 昔かざしし 
花咲きにけり
                 詠人知らず
            
(いそのかみ ふるきみやこを きてみれば むかし
 かざしし はなさきにけり)

意味・・石上(いそのかみ)の古い都の跡を来て見ると、
    昔、その都の大宮人達が、髪や冠に挿して飾っ
    た花が、色も変らずに咲いていることだ。

 注・・いそのかみ=石上。奈良県天理市布留町一帯の
     地。「古き」の枕詞。
    古き=「布留」を掛ける。

出典・・新古今和歌集・88。

漢詩、参考です。

平城(なら)を過ぎる   菅三品(かんさんぽん)

緑草(りょくそう)は如今(いま)麋鹿(びろく)の苑(その)
紅花(こうか)は定めて昔の管弦の家

意味・・新緑の青草の丘のほとり、今は鹿の遊ぶ苑と
    なりはてているが、紅の花の咲くあたりは、
    さだめし、あおによし奈良の都のありし日に、
    管弦を奏した家の跡でもあったであろう。

 注・・麋鹿(びろく)=大鹿と小鹿。
 
感想・・この歌や漢詩を読むと寂しさがこみ上げてきます。
    似たような事が身近にありました。
 
    近くの高台に、数年前まで11階建てのアパート
    が4棟、他に4階建てのアパートも数棟建ってい
    ました。ショッピングセンターもあり賑わってい
    ました。
    これらの建物は会社の社宅でしたが、会社の持家
    政策で、皆家を買って出て行きました。その結果
    廃屋のアパートとなったので取り崩されてしまい
    ました。ショッピングセンターも無くなりました。
    その跡地は公園になっています。
    今、この公園に行くと、ここに11階建ての建物
    があったという面影は全くありません。
    元の住人が知るだけです。
    この公園に来てみると、表記の歌や漢詩が思い浮
    かばされます。
    緑草(りょくそう)は如今(いま)麋鹿(びろく)の苑
    紅花(こうか)は定めて昔の管弦の家

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