名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2015年08月

白雲の たえずたなびく 峰にだに 住めば住みぬる
世にこそありけれ
                 惟喬親王
             
(しらくもの たえずたなびく みねにだに すめば
 すみぬる よにこそありけれ)

意味・・何も大袈裟に騒ぐほどのこともない。白雲が
    たえず棚引いているこんな峰にさえ、住もう
    と思えば住める。世の中とはそんなものだ。

    第一皇子でありながら、皇太子にも皇位継承
    者にもなれなかった惟喬親王が出家して詠ん
    だ歌です。

    権勢、地位にあくせくして俗世にしがみつい
    ていることはない、といっても天皇の第一皇
    子。敗者の無念さが感じられます。

作者・・惟喬皇王=これたかのみこ。844~897。文徳
    天皇の第一皇子。872年に出家。
 
出典・・古今和歌集・945。

感想・・どんな所にでも住もうと思えば住める、だろうが
    心地よく住めるかどうかだと思いました。

    昔、Aさんという同僚がいました。頭がよく口の
    達者な人でした。
    私はAさんに、いろいろな事情を話して頼み事を
    してくれるように言いました。Aさんは分かりま
    したと返事をしたので安心していました。
    約束の日が来ましたがAさんは頼み事をしてくれ
    ませんでした。
    Aさんに、どしてしてくれないのか尋ねると、そ
    んな束はしていないと言う。「分かりました」
    と言ったではないかと聞くと、それは言ったけど
    約束ではない。あなたがおっしゅる事が分かりま
    した、と言っただけで約束はしていないという。
    私は、身くびられたものだという思いでした。
    こんな人だったのか、誠意がない人だと思いまし
    た。
    他所の地に行き、住めば都と感じるのはAさんだ
    ろうか、人にみくびられるような私だろか。
    みくびられても誠意は大切にしたいものです。

消えとまる ほどやは経べき たまさかに 蓮の露の
かかるばかりを
                 源氏物語・紫の上
                  (若菜下の巻)
              
(きえとまる ほどやはふべき たまさかに はちすの
 つゆの かかるばかりを)

詞書・・病状がいくらか良くなったので、池の蓮の花を
    見ていると、露の玉を見つけたので詠んだ歌。

意味・・露が消えずに残っている間、私はこの世で過ご
    せるでしょうか。たまたま蓮の露がこのように
    置かれているのを見ると、そう思われてなりま
    せん。

 注・・ほど=程。間、時分。
    やは=反語の意を表す。・・だろうか、いや
     ・・ではない。
    経(ふ)べき=時がたつ、過ごす。
    たまさかに=偶に。たまたま、時たま、万が一。
    かかる=掛かる。関係をもつ、つながりを持つ
     ようになる、寄り掛かる。
    ばかり=・・だけ、・・にすぎない。

出典・・風葉和歌集・205。

感想・・源氏物語の歌で光源氏が41歳、紫の上が37歳の
    時の物語です。
    紫の上の病状は痛みが伴わなくても、手を取ら
    れて一歩ずつ歩くのがやっとの体力だと思いま
    す。まだまだ若い紫の上は、せめて一人で歩け
    るように回復したいと思っていることでしょう。

    この紫の上の歌を読んで、紫の上の立場になり
    病気の辛さ、苦しさ、気持ちが分かり悲しさを
    注がれます。

    一方、自分の身近を眺めてみると。
    前の家の70歳を過ぎる奥さんが、最近脳梗塞
    を患い歩くのが困難になりました。
    ご主人は奥さんを抱えるようにして、毎日3回
    近くの公園に散歩させています。
    ご主人に対しては感心だなあ、私ならそこまで
    出来ないなあといつも思います。
    ところが、奥さんに対して何とも思ってない事
    に、今気が付きました。
    奥さんも辛い思いをしていると思います。夫の
    自由時間を束縛する辛さもあるかも知れません。

    紫の上の歌を読み、他人の苦しみや痛みに思い
    を寄せることが出来てよかったと思います。
        

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