勅なれば 思ひな捨てそ 敷島の 道にものうき
心ありとも
二条良基
(ちょくなれば おもいなすてそ しきしまの みちに
ものうき こころありとも)
意味・・勅命であるので和歌の道を思い捨ててはいけない。
たとえ和歌の道につらいことがあったとしても。
物事を進めるのに大事なのは自発的な心である。
でも自発心は嫌になれば止めてしまうものである。
が、命令となれば続けざるを得ない。志に折れる
気持ちになった時は、命令だと思って続ける事で
ある。
注・・勅=天皇が下す命令。
な・・そ=禁止の意を表す。
敷島の道=和歌の道、歌道。
作者・・二条良基=にじょうのよしもと。1320~1388。
関白右大臣。南北朝期の歌人。
出典・・新続古今和歌集(小学館「中世和歌集」)
2015年05月
53・思ふ人 ありとなけれど 故郷は しかすがにこそ 恋しかりけれ
恋しかりけれ
(おもうひと ありとなけれど ふるさとは しかすがに
こそ こいしかりけれ)
意味・・思う人がいるというわけでもないけれど、
故郷はなんといってもやはり恋しく思われ
ることだ。
注・・しかすがに=然すがに。しかしながらやはり。
作者・・能因法師=のういんほうし。988~ 。中古
52・憂き身とは なに嘆くらん かずならで ふるこそやすき この世なりけり
憂き身とは なに嘆くらん かずならで ふるこそやすき
この世なりけり
頓阿法師
(うきみとは なになげくらん かずならで ふるこそ
やすき このよなりけり)
意味・・なんで憂い辛い身だと嘆くのか。取るに足りない
身で過ごす方が、この世は気楽に送れるものなの
に。
憂き身を慰めた歌です。
実力以上の事を得ようと望めば、それなりの憂い
を感じる。欲を、実力がない身分だと思って控え
目にすれば、辛さも半減し気楽な人生が送れる。
注・・憂き身=悲しい身の上、辛い事の多い身。
かずならで=数える価値がない、取るに足りない。
ふる=経る。月日を送る、過ごす。
作者・・頓阿法師=とんあほうし。1289~1372。俗名は
二階堂貞宗。和歌四天王と称された。
出典・・頓阿法師詠(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)
51・朝霧に 濡れにし衣 干さずして 独りや君が 山路越ゆらん
山路越ゆらん
(あさぎりに ぬれにしころも ほさずして ひとりや
きみが やまじこゆらん)
意味・・朝霧に濡れてしまった衣を干さないままで、
今頃一人、あなたは山路を越えておられる
のでしょうか。
朝霧に衣が濡れたまま、一人、山路を行く
人のわびしい姿、目的地に急ぐ姿が目に浮
かびます。
あの寂しい立田山を、あの方はこの夜更け
50・験なき ものを思はずは 一杯の 濁れる酒を 飲むべくあるらし
験なき ものを思はずは 一杯の 濁れる酒を
飲むべくあるらし
大伴旅人
(しるしなき ものをおもわずは ひとつきの にごれる
さけを のむべくあるらし)
意味・・くよくよしてもはじまらない。物思いなどにふけ
るよりは、いっそのこと濁り酒の一杯でも飲む方
がよさそうだ。
酒を讃(たた)えた歌であるが、当時作者は妻を亡
くし悲嘆と失望にあったので、それを紛らそうと
して詠んだ歌です。
注・・験(しるし)なき=かいがない。効果がない。
思はずは=思わないで。
濁れる酒=濁り酒、糟を漉(こ)していない酒。
作者・・大伴旅人=おおとものたびと。665~731。太宰
帥(そち)として下向、そこで妻を亡くす。大
納言となり上京、従二位。
出典・・万葉集・338。