名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

0755


死近き 母の心に 遠つ世の 釈迦の御足跡の
石をしぞ擦れ
              吉野秀雄

(しにちかき ははのこころに とおつよの しゃかの
 みあとの いしをしぞさすれ)

意味・・もう死期の近い母を悲しく思いながら、遠い
    世のお釈迦様の足跡を刻んだといわれる仏足
    石を、静かにさすり母の平穏を祈っている。

    「釈迦の御足跡の石」は奈良の薬師寺にある
    仏足石である。釈迦の足跡を石に刻み信仰の
    対象にしたもので753年に建立されている。
    そこには仏足石歌碑があり、仏徳を詠んだ歌
    21首が刻まれている。
    その内の一首です。
    「大御足跡(おおみあと)を見に来る人の去(い)
    にし方千代の罪さへ滅ぶぞと言う除くと聞く」
    (この仏足石を見に来た人の所には、千代の昔
    からの罪さえ除かれると聞いている。なんと有
    難いことでしょう) 

    母が安らかに眠ることを願った歌です。

作者・・吉野秀雄=よしのひでお。1902~1967。慶応
    義塾大病気中退。会津八一に師事。

出典・・岩田正著「短歌のたのしさ」。

見るままに 花も霞みも なかりけり 春をおくるは
峰の松風
                  藤原良経

(みるままに はなもかすみも なかりけり はるを
 おくるは みねのまつかぜ)

意味・・みるみるうちに桜の花も霞もなくなってしまっ
    た。峰を吹く松風のみが行く春を送っている。

    霞が消え、桜も散ってしまい、いよいよ夏が来
    ることになるのだが、まだ春を思わせるのは松
    を吹き抜けるそよ風だけである。

 注・・見るままに=見るにつれて、見るに従って、見
     るやいなや。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。1169~1206。
    37歳。摂政太政大臣。新古今集仮名序の作者。

出典・・海漁父北山樵客百番(岩波書店「中世和歌集・鎌
    倉篇)

絶対に 甘柿という 苗木買う  
                     瀧春一

(ぜったいに あまがきという なえぎかう)

意味・・お祭りなどに立つ植木市。
    「上の方を剪定して植えると、3年で柿がなるよ」
    「いやぁ、これは間違いなく甘柿だよ」
    知識を得ながら苗木を買う。 

    買って貰うために穴の掘り方や水のやり方まで手
    を取り足をとり教えてくれる植木市の風景です。

作者・・瀧春一=たきしゅんいち。1901~1996。高等小
    学卒。水原秋桜子に師事。

出典・・松林尚志著「滝春一鑑賞」。

旅にして もの恋しきに 山下の 赤のそほ船
沖に漕ぐ見ゆ
                高市黒人

(たびにして ものこいしきに やましたの あけの
 そほふね おきにこぐみゆ)

意味・・長い旅をしていると家がなんとなく恋しくなっ
    て来る。そんな時ふと見ると、さっきまで山の
    下にいた朱塗りの船が、沖の方を漕ぎ進んで行
    くのが見える。
    あの船は我が家のある都へ帰るのであろうか。
    寂しさがいっそうつのって来る。

 注・・もの恋しき=なんとなく恋しい。「もの」はなん
     となくという接頭語。もの静か・もの悲しい
     などと使われる。
    赤(あけ)のそほ船=船体を赤く塗った船。官船
     を意味する。
    見ゆ=活用語の断定を婉曲(えんきょく)に言い
     表す。

作者・・高市黒人=たけちのくろひと。生没年未詳。持
    統・文武朝(686~707)の下級官人。    

出典・・万葉集・270。

ささなみの 志賀の大わだ 淀むとも 昔の人に 
またも逢はめやも                 
                  柿本人麻呂

(ささなみの しがのおおわだ よどむとも むかしの
 ひとに またもあわめやも)

詞書・・近江の荒れたる都を過ぐる時作った歌。 

意味・・志賀の大きな入江の水は昔のように充ちて
    人を待っているが、たとえこのように充ち
    ていても、昔の大津の宮の人々に再び会
    ことがあろうか、いやあるまい。

    志賀の大わだの淀む所で大宮人が舟遊びを
    していたことを、旧都の大宮人を待つ風情
    にみたて、そこに作者の旧都を懐かしむ心
    情を託し同時に、その不可能性に悲しみを
    感じている。

 注・・ささなみ=楽浪。琵琶湖中南部沿岸地方
     古名。
   志賀の大わだ=今の大津湾。
   大わだ=湾曲して水の淀む所で舟遊びの適所。
   淀む=流れる水がたまりとどこおる。水
    ちる。
   淀むとも=現在淀んで(充ちて)いるが、たと
    えこのように淀んで(人を待って)いても。
     昔の人=昔ここに舟を浮かべて遊んだ大宮人。
   近江の荒れたる都=近江にある荒れはてた旧
    都。666年に大和から近江に遷都されたが
    672年の壬申の乱で兵火に焼かれ荒廃した。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとひとまろ。生没年
    未詳。710年頃死亡。

出典・・万葉集・31。

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