名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞


しづかなる 心だにこそ すずしきに わが住む里には
山風ぞ吹く
                  頓阿法師
            
(しずかなる こころだにこそ すずしきに わがすむ
 さとには やまかぜぞふく)

意味・・世塵を脱した平静な心だけでも十分なのに、私の
    住む山里にはさらに涼しく山風が吹いている。

作者・・頓阿法師=とんあほうし。1289~1372。俗名・
    二階堂貞宗。和歌四天王の一人。
 
出典・・頓阿法師詠(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)


何をして 身のいたづらに 老いぬらん 年の思はむ
ことぞやさしき            
                   詠み人知らず
                  
(なにをして みのいたずらに おいぬらん としの
 おもわん ことぞやさしき)

意味・・私はいったい何をして、このようにむなしく年
    老いてしまったのだろうか。一緒に過ごして来
    た年が、私のことを何と思っているであろうか
    と、年に対して恥ずかしいことである。
 
    とりたてて言えるような事は何もなく、むなし
    く年老いたと、過去を顧みた歌です。

 注・・いたづらに=無用の状態に、むだに。むなしく。
    やさしき=恥ずかしい。

出典・・古今和歌集・1063。


生ける者 遂にも死ぬる ものにあれば この世にある間は
楽しくをあらな      
                   大伴旅人

(いけるひと ついにもしぬる ものにあれば このよに
 あるまは たのしくをあらな)

意味・・生きる者はいずれ死ぬのだから、この世
    に生きている間は酒を飲んで楽しく過ご
    したいものだ。

    題意は「酒を讃(ほ)める歌」です。
    作歌動機は大宰府に伴った妻と死別して
    悲嘆と失望にあり、酒でまぎらわせよう
    としたものです。

    楽しむには、楽しみの方向に常に向いて
    おくのが大切。楽しみや喜びには苦労が
    伴っているのも事実なので、苦労は買っ
    てでもすることに通じます。

作者・・大伴旅人=おおとものたびと。665~731。
    太宰帥(そち)を経て大納言。

出典・・万葉集・349。

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蟻と蟻 うなづきあひて 何か事 ありげに奔る 
西へ東へ             
                橘曙覧

(ありとあり うなずきあいて なにかこと ありげに
 はしる にしへひがしへ)

意味・・蟻は這い回り餌を求めて巣に戻るのだが、
    西へ行く蟻と東へ行く蟻がすれ違うとき、
    何か出来事を伝えているようで、蟻の行
    列を見ていると面白いものだ。

    兼好法師は徒然草74段で次のように書
    いています。
    蟻のように集まって、東へ西へと急ぎ、
    南へ北へと奔走している。身分の高い人
    もおり、低い人もいる。老人もいるし若
    者もいる。皆は、一体なんのためにそん
    なにせかせかと急ぐのか。
    出かけて行く所もあり帰る家もある。
    夜には寝る事も出来、朝になれば起きる。
    どこが不満なのだろうか。「つれづれ」
    を楽しむ余裕がほしいものだ。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。


花のごと 世の常ならば 過ぐしてし 昔はまたも
かへりきなまし           
                  詠み人知らず

(はなのごと よのつねならば すぐしてし むかしは
 またも かえりきなまし)

意味・・花が毎年咲くように、人の世が変わらず
    常にあるものならば、すでに過ぎ去って
    しまった楽しかった私の過去だって、も
    う一度ぐらい帰って来てくれればいいの
    に。

 注・・世の常ならば=人の世が常住不変ならば。
     散りやすい花を、この歌では毎年咲く
     から常住とみている。
    きなまし=きっと来ようものを。「な」
     は完了の助動詞、「まし」は反実仮想
     の助動詞。

出典・・古今和歌集・98。 

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