名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞


浮世の月 見過ごしにけり 末二年
                   井原西鶴
                 
(うきよのつき みすごしにけり すえにねん)

前書・・辞世。人間50年の研(きわ)まり、それさへ我には
    あまりたるに、ましてや。

意味・・人生50年といわれているが、私はもう52年も生き
    てきたので、おしまいの2年間だけ浮世の月を余分
    に見過ぎたことになる。

    西鶴の辞世の句です。

 注・・浮世=楽しい世。
    見過ごし=月を余分に見過ごしたの意。つまり長生
     きし過ぎたの意。楽しい世であるからうっかり余
     分に生きたというもの。
    末二年=再晩年の二年間。

作者・・井原西鶴=いはらさいかく。1642~1693。
大阪の
    町人に生まれる。「好色一代男」の作者。一昼夜に
    23500句を吟じたという。

出典・・西鶴置土度(おきみやげ)(小学館「近世俳句俳文集」)    


君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 
思ひけるかな
                 藤原義孝
            
(きみがため おしからざりし いのちさえ ながくも
 がなと おもいけるかな)

意味・・あなたと逢う為には、惜しくも思わなかった命
    までも、逢う事が出来た今となっては、長くあ
    ってほしいなあと思うことです。

    以前は恋の成就のためならば命まで捨てても惜
    しくないと思い、恋に殉じる覚悟もしていたが、
    いざ逢瀬がかなってしまうと、今度は恋のため
    に少しでも長生きがしたいと思うようになり、
    生への執着を生んでいます。

作者・・藤原義孝=ふじわらのよしたか。954~974。
    21歳。右少将・従五位。

出典・・後拾遺和歌集・669、百人一首50。

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河風の 涼しくもあるか 打ちよする 浪とともにや 
秋は立つらん
                  紀貫之
            
(かわかぜの すずしくもあるか うちよする なみと
 ともにや あきはたつらん)

意味・・河風がまことに涼しく感じられることだ。
    風に吹かれて打ち寄せる波とともに秋は
    立つのだろうか。

    立秋の日に河原を散策して詠んだ歌です。

 注・・秋は立つらん=秋は波と一緒に立っている
     のだろうか。「立つ」は秋立つと波が立
     つを掛ける。

作者・・紀貫之=きのつらゆき。866~945。土佐
    守、従四位した。「古今和歌集」の選者。

出典・・古今和歌集・170

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石見のや 高角山の 木の間より 我が振る袖を 
妹見つらむか 
                柿本人麻呂

(いわみのや たかつのやまの このまより わがふる
 そでを いもみつらんか)

意味・・石見の、高角山の木の間から名残を惜しんで
    私が振る袖を、妻は見てくれたであろうか。

    国司として石見にいた人麻呂が、結婚して間も
    ない現地の妻を残して上京する時の歌です。

 注・・石見=島根県西部地方。
    石見や=石見の。「や」は間投助詞で強調・呼
     びかけの意を表す。・・よ。・・だなあ。
    高角山=島根県都野津町付近の高い山。
 
作者・・柿本人麻呂=生没年未詳。万葉を代表する歌人。

出典・・万葉集・132。

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武隈の 松は二木を みやこ人 いかがととはば
みきとこたへん        
               橘季通

(たけくまの まつはふたきを みやこびと いかがと
 とわば みきとこたえん)

意味・・武隈の松は二本あるのだが都の人がどうで
    したかと問うたなら「見て来ましたところ
    三本でしたよと」答えよう。

    有名な武隈の二本松を見て詠んだ歌です。
    「二木(ふたき)」だけれど、都人がどうで
    したと尋ねたら「三木(見き・見て来まし
    た)」と答えようという、洒落の歌です。

 注・・武隈=宮城県名取郡岩沼町武隈。
    松は二木=現在は八代目の松だが、歴代の
     松は根際から二股に分かれている巨木な
     ので二本の松のように見える。
    みきとこたへん=来て見てたら三本あった、
     と答えよう。「みき」は「三木」と「見
     き」の掛詞。
 
作者・・橘季通=たちばなすえみち。生没年未詳。
    清少納言の子。陸奥守。
 
出典・・後拾遺和歌集・1042。


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