名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

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かくしつつ 世をや尽くさん 高砂の 尾上に立てる 
松ならなくに
                  詠み人知らず
              
(かくしつつ よをやつくさん たかさごの おのえに
 たてる まつならなくに)

意味・・私はこんな生活で生涯を終わるのであろうか。
    高砂の尾上の年老いた松というわけでもない
    のに。

    高砂の尾上の松は老木で有名であるが、自分は
    松とは違い有名ではない。徒にただ松のごとく
    長生きしたというだけで生涯を終えることだろ
    うか。

 注・・かくしつつ=斯くしつつ。このような事をしながら。
    世を尽くす=一生を終わること。
    高砂の尾上=兵庫県にある地名。

出典・・古今和歌集・908。

山ごとに 寂しからじと 励むべし 煙こめたり
小野の山里
                 西行
              
(やまごとに さびしからじと はげむべし けむり
 こめたり おののやまざと)

意味・・一つ一つの山ごとに、庵でそれぞれに孤独に
    堪えて修行に励んでいる人がいるようだ。
    それぞれの立てている煙が一つとなって霞ん
    でいる、この冬の山里では。

    独りでおりながら、同好者のいることの安堵
    感を詠んでいます。

 注・・小野の山里=山城国(京都府)葛城郡小野。比
     叡山の西麓。隠棲の地として有名。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1180。

出典・・歌集「山家集・566」。

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                   霜枯れした唐辛子
 
霜枯れは そことも見えぬ 草の原 誰にとはまし
秋の名残りを
                 藤原俊成・娘
           
(しもがれは そこともみえぬ くさのはら たれに
 とわまし あきのなごりを)

意味・・霜枯れた様子は、そこが美しかった秋草の
    野原とも見えない。秋の名残りをいったい
    誰に尋ねたらよいのだろうか。

    霜枯れ果てて秋景色の名残りもとどめてい
    ない寂しさを詠んでいます。
 
 注・・霜枯れは=霜枯れとなった今は。
    そことも見えぬ=秋の名残りがどこにある
     とも分からない。
    秋の名残り=残っている秋の景色。

作者・・藤原俊成娘=ふじわらのとしなりのむすめ。
    1171~1252。後鳥羽院の女房(女官のこと)。

出典・・新古今和歌集・617。


芦の葉に かくれて住みし 津の国の こやもあらはに
冬は来にけり      
                  源重之

(あしのはに かくれてすみし つのくにの こやも
 あらはに ふゆはきにけり)

意味・・芦の葉に隠れて、津の国の昆陽(こや)に
    小屋を建てて住んでいたのだが、芦が霜
    枯れになって、小屋もあらわになり、気
    配もはっきりと、冬がやって来たことだ。

 注・・芦=イネ科の多年草、沼や川の岸で群落を
     作る、高さ2~3mになる。
    こや=小屋と昆陽(こや)を掛ける。昆陽は
     兵庫県伊丹市の地。

 作者・・源重之=みなもとのしげゆき。~1000。
    地方官を歴任。

 出典・・拾遺和歌集・223。

里人の 裾野の雪を 踏分けて ただ我がためと 
若菜つむらん
               後鳥羽院

(さとびとの すそののゆきを ふみわけて ただわが
 ためと わかなつむらん)

意味・・村里の人が山の裾野の雪を踏み分けて、若菜を摘んで
    いるが、ただもう自分が生きてゆくためにと摘むので
    あろうか。

    「君がため春の野にいでて若菜つむ我が衣手に雪は
     降りつつ」(意味は下記参照)を念頭に置きつつ、
     そのように人のために摘む風流な若菜では無いと
     詠んだ歌です。

 注・・若菜=せりやなずななど、食用や薬用の草の総称。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。承久の乱で
    隠岐に流された。新古今和歌集の撰集を下命。

出典・・遠島百首(岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」) 

参考歌です。

君がため 春の野に出でて 若菜つむわが衣手に
雪は降りつつ
                光考天皇

意味・・あなたに差し上げるために春の野に出て若菜を摘む
    私の袖には雪がしきりに降りかかっているのです。

    雪と寒さを押して摘んだ自分の志を伝えています。

作者・・光考天皇=こうこうてんのう。820~887。

出典・・古今和歌集・21、百人一首・15。

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