名歌鑑賞のブログ

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

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 見れど飽かぬ 吉野の川の 常滑の 絶ゆることなく
またかへり見む      
                 柿本人麻呂

(みれどあかぬ よしののかわの とこなめの たゆる
 ことなく またかえりみん)

意味・・いくら見ても飽かない吉野は、吉野川のいつも
    滑らかな所が絶えることのないように、何度も
    来ては眺めて見たいものです。

    吉野の離宮に来て詠んだ歌です。
    山や川の清く美しい流域、そしてそこには立派
    な宮殿が建てられている。それらは見ても見て
    も見飽きないことだ。

 注・・常滑(とこなめ)=絶えず水に濡れている川の岩石に、
     水ごけがついてぬるぬるして滑りやすい所。
    またかへり見む=くり返し来ては、また眺めよう。
    吉野の離宮=持統天皇の時代、奈良県吉野郡吉野
     川の宮滝にあった離宮。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとのひとまろ。生没年未詳。
    710年頃の宮廷歌人。

出典・・万葉集・37。

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              忘礼之乃 行末末天波 加多計連波八
                   希不越 可起利乃 命登毛哉

 
忘れじの 行く末までは かたければ 今日を限りの
命ともがな 
                  儀同三司母
            
(わすれじの ゆくすえまでは かたければ きょうを
 かぎりの いのちもがな)

意味・・いつまでも忘れまいとあなたはおっしゃって
    下さいますが、そのように遠い将来のことは
    頼みがたいことですから、そうおっしゃって
    くださる今日を限りの命であってほしいもの
    です。

    当時の上流貴族たちは一夫多妻であり、結婚
    当初は男が女の家に通っていた。男が通って
    来なくなれば自然に離婚となっていた。いつ
    しか忘れ去られるという不安のなかで、今日
    という日を最良の幸福と思う気持を詠んでい
    ます。

       平仮名のもとになった漢字、参考です。

     忘れしの 行末まては かたけれは 
     忘礼之乃 行末末天波 加多計連波八
 
     けふを かきりの 
命ともがな
     希不越 可起利乃 命登毛哉

 注・・忘れじの=いつまでも忘れまいと。
    行く末=将来。
    かたければ=難ければ。難しいので。
    命ともがな=命であってほしい。「もがな」
     は願望の助詞。

作者・・儀同三司母=ぎどうさんしのはは。998年没。
    高階成忠の娘。藤原道隆の妻。「儀同三司」
    は「太政大臣・左大臣・右大臣」と同じ意味。
 
出典・・新古今集・1149、百人一首・54。
 

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東北大震災・一本松

 
岩室の 田中の松を 今朝見れば 時雨の雨に
濡れつつ立てり
                良寛
 
(いわむろの たなかのまつを けさみれば しぐれの
 あめに ぬれつたてり)
 
意味・・岩室の田の中に立っている松を今朝見ると、
    時雨の冷たい雨に、濡れながら立っている。
 
    人の困った姿だけでなく、動物や植物に対し
    てでも、愛情の目を向けています。
    そして、次の歌を詠んでいます。
 
    ひとつ松 人にありせば 笠貸さましを 
    蓑着せましを 一つ松あはれ
 
    (一本の松よ、人であったならば、笠を貸して
    やっただろうに、蓑を着せてやっただろうに。
    一本の松の愛(いと)しいことよ。)
 
  注・・岩室=新潟県岩室村。温泉地。
 
作者・・良寛=1758~1831。22才の時岡山の円通寺
    住職国仙和尚に師事。
 
出典・・谷川敏朗著「良寛全歌集」。


入日さす 麓の尾花 うちなびき たが秋風に
鶉鳴くらん     
                源通光

(いりひさす ふもとのおばな うちなびき たが
 あきかぜに うずらなくらん)

意味・・夕日のさす麓の尾花がなびき、その中に
    伏して、だれの飽き心のためにか、秋風
    に辛(つら)くなって、鶉は鳴いているの
    であろうか。

    夕日のさす山麓の秋風になびく尾花の中
    でわびしく鳴く鶉に、男の飽き心に泣き
    わびている女性の面影を見ています。

 注・・入日=夕日。
    尾花=薄の穂。
    なびき=横に倒れ伏す。尾花がなびく意
     と鶉が伏すの意を掛ける。
    秋風=「秋」に「飽き」を掛ける。
    鶉=「鶉」の「う」に「憂し」を掛ける。

作者・・源通光=みなもとのみちてる。1248年没。
    62歳。従一位太政大臣。

出典・・新古今和歌集・513。


命にも まさりて惜しく あるものは 見果てぬ夢の
覚むるなりけり     
                  壬生忠岑

(いのちにも まさりておしく あるものは みはてぬ
 ゆめの さむるなりけり)

意味・・命は惜しいものであるが、それにもまして
    惜しいのは、思う人との楽しい逢瀬の夢を
    おしまいまで見ないうちに、それが覚めて
    しまうことであった。

    詞書に「昔、ものなど言ひ侍りし女の亡く
    なりしが、夢に暁がたに見えて侍りしを、
    え見はてで覚め侍りにしかば」とあります。

    愛人の夢は惜しいが、ことに今は亡き昔の
    愛人で、その思いも強かったことでしょう。

作者・・壬生忠岑=みぶのただみね。生没年未詳。
    従五位下。古今集撰者の一人。

出典・・古今和歌集・609。

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